第42話 幸運の跳竜

 俺は嫌な予感がして、ネムに目配せした。


 ネムは頷き、俺たちはすぐに隠れた。


「どうする?」


 声を潜めて、ネムに相談する。


 ネムは数秒の思案の後、杭打たちへ視線を戻した。


「少し様子を見よう」


「わかった」


 忍者は遠くの音を聞くために、地面へ耳を当てていたという。


 だから、壁に耳を近づけ、杭打たちの話し声に集中する。


 また、視線でも杭打たちの姿を捕らえ、彼らの様子もうかがう。


「ふむ」と杭打の声がぼんやりと聞こえた。


 見ると、杭打は見ていた地図から顔を上げる。


「ここにいる者たちは、全員、『幸運の跳竜』を探しているってことでいいんだな?」


「はい」と見知らぬ男が答える。


 その場には、十五人くらいの冒険者がいた。


 その中には、杭打の仲間と思しきものがいて、ネムに嫌がらせをしたあのチャラ男の姿もある。


「パーティーの数を三人ずつに分けて、五つにしようか。あ、でも、そうだな。俺たちのパーティーは四人いるから、俺たちを二人に分ければ、六つのパーティーができる。それで、幸運の跳竜を一か所に追い込むような形で六つのルートを設定し、それぞれのパーティーにルートを振り分けようか」


「なるほど」


「少し考えれば、思いつきそうなアイデアだが、誰も試していないのか?」


「いや、それなら試しましたよ」と男が杭打に紙を見せた。


 よく見えないが、これまでの試みがそこには描かれているのだろう。


 男は続ける。


「ただ、やつの動きが僕たちの想像以上だったので、うまく追い込めませんでした」


「ふむ」


 杭打は渡された紙を眺める。先ほどの嫌味に対する謝罪がない。男を見ると、とくに気にしている様子はなかった。俺なら苛立ってしまうところだ。


「よし、なら、君たちはこのルートを、君たちは――」


 杭打から指示を受けた後、冒険者たちが散り散りになる。


 ネムに手を引かれたので、俺たちはその場からいったん離れた。


 冒険者の気配が無い場所で、俺たちはようやく口を開く。


「どうやら、追い込み漁みたいな形で幸運の跳竜を捕まえるみたいだな」


「そうみたいだね」とネムが頷く。


「あのやり方で、うまくいくのかね」


「さぁ? でも、折角だし、利用させてもらおうよ。ネムたちは今ここに来たばかりだから、あの人たちの計画は知らなかったことにしてさ」


「ネム……。お主も悪よのぉ」


「にしし」とネムは笑う。


 他人の成果を横取りするような感じがして、普通なら良心の呵責に喘ぐところではあるが、相手が杭打であったから、そこまで良心が痛むことは無かった。


「あ、でも、彼らが設定したルートがわからないと、うまく追い込めないんじゃ」


「あっ……」


 沈黙。


 ネムはおもむろに地図を取り出すと、神妙な顔で眺める。


「だ、大丈夫。何となく、ルートの予想はできるから」


「……そうか」


 その言葉を信じ、俺たちも幸運の跳竜探しを始めた。


 ネムに先導される形で、モンスターを倒しながら進んでいると、不意に声が聞こえた。


 うまく聞き取れなかったが、闇の奥にきらめくものが見え、俺は杖を構える。


 そして――闇の中から、幸運の跳竜がぬっと現れた。


 すばしっこい動きで、幸運の跳竜は俺たちに向かってくる。


 その瞬間、俺は魔法を発動した。


 吹きすさぶ、大量の氷の飛礫つぶて


 威力は弱いものの、広すぎる範囲攻撃で幸運の跳竜を足止めする作戦だ。


「ギャッ」


 その試みは成功し、幸運の跳竜は目をつむって足踏みをした。


 その隙を逃さず、俺は間合いを詰めて、杖を振り下ろす。


 幸運の跳竜は最小の動きで俺の攻撃を避けた。


 ――が、それは俺の想定通りだった。


 杖が幸運の跳竜の脚をかすめたところで、魔法を発動する。


 杖で地面をたたいた時、一面が凍って、幸運の跳竜の右脚も氷漬けになった。


「ギャギャッ」


 大事な脚が地面に張り付いて、幸運の跳竜は慌てた。


 無理に動かせば、脚を失うことになる。


 そんな幸運の跳竜の顔面を俺は杖でぶん殴った。


 一発、二発、三発!


 氷魔法を付与した攻撃で、幸運の跳竜の体力を確実に削る。


「ネム!」


「うん!」


 俺が後方に跳ぶと、入れ替わるようにネムが斬りかかる。


 炎をまとった剣が赤い軌跡を描いて、幸運の跳竜の肩口を大きく切り裂く。


「ギャギャッ」


 幸運の跳竜が大きくのけぞり、がら空きのボディにネムは剣を突き刺した。


「ギャギャッ、ギャッ……」


 脱力。


 ネムが剣を引き抜くと、幸運の跳竜は倒れた。


 黒い霧となって、消える幸運の跳竜。


 呆気ない最期だったから、俺たちは拍子抜けしてしまうも、目が合うと、ハイタッチで勝利を祝った。


「やったね! 竜二!」


「ああ! って、これ」


 跳竜がいた場所にあったアイテムが落ちていた。


 ネムが興味深そうにそれを眺め、俺もそばで観察する。


「竜二。これは……」


「何だろう?」


 ネムに促されたので、俺がそのアイテムを拾う。


 金色のバスケットシューズみたいなアイテムだった。


 踵のところに、『跳竜の靴』と書いてある。


「……履いてみたら?」


「え? 俺が? いいの?」


「うん。竜二がいなかったら、あいつをあの場に留めることはできなかっただろうしね」


「……ありがとう」


 ネムの好意に甘え、俺は早速、右足で靴を履いた。


 中はふかふかしていて、履きやすい。


 また、見た目のわりに軽かった。


「どう?」


「履きやすいし、軽い」


 でも、それ以外の特徴が何かあるはず。


 その特徴について探ろうとしたとき、闇の中から杭打とその仲間が現れた。


 ため息を吐きそうになったが、堪える。


 杭打は俺たちを見て、眉をひそめた。


「お前らか」


「はぁ、どうも」


 ネムが完全無視を決め込んでいるので、俺が適当に答える。


 さっさとどこかに行って欲しかったが、最悪なことに、杭打は俺の『跳竜の靴』を見て、興味を示してしまった。


「それは?」


「……幸運の跳竜を倒したら、手に入ったアイテムですけど」


「ほぅ。幸運の跳竜を倒したのか」


「ええ、まぁ」


「なるほどな。それで、何で勝手に履いているんだ?」


「え?」


「――まずは私に報告して、その靴を私に渡すべきだろ」

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