第41話 不穏な影

 ダンジョンをファンタジーとして認識できるようになってから、俺はダンジョンをより楽しめるようになったと思う。


 昨日までは、ダンジョン内を歩くのが退屈だった。景色はずっと同じだし、どこに行けばよいかもわからず、さ迷うしかなかったなかったからだ。


 しかし、洞窟内をよく観察してみると、場所によって微妙な違いがあるに気づく。


 例えば、岩壁の質。ざらざらした質感の壁も、数メートル歩くだけで滑らかなものに変わった。粘土のような壁もあり、ダンジョン内の構成要素が一様ではないことがわかる。


 この違いが、攻略においてどれほど重要なものになるかはわからないが、その違いについて、ネムと議論するだけで、有意義なものに思えた。


 また、行く先もわからず、漠然と歩き続ける不安みたいなものは、自分で道を切り拓いていくワクワク感に変わる。


 幸いなことに、このダンジョンには先人が作った地図が存在するから、その地図と自分の頭の中にある地図を照らし合わせるだけでも楽しかった。


 また、モンスターとの戦闘でも違いが生まれる。


 今までは、相手に強力な一撃をぶち込むことばかり考えていたが、敢えて弱攻撃を与えてから強攻撃を繰り出すなど、攻撃に緩急をつけるようになった。


 とくに理由はない。ただ、この戦い方をすれば、より良い戦闘ができるようになるのではないかと思ったからだ。


 実際、この戦い方をするようになってから、ネムとの連携が良くなった。


 多分、俺に遠慮して、ネムは力を調整していたんだと思う。


 しかし俺が、状況に合わせて力を調整するようになったから、ネムもやりやすくなったようだ。


 そんな感じで、俺のダンジョン攻略は変わっていく。


 そして、新しい発見があるたびに、ネムと話すことが増えたから、ネムとの距離も縮まった気がする。


 昨日までよりも、より身近な存在として接することができるようになった。


 そのおかげか、ダンジョン外で一緒にご飯を食べているとき、ネムがプライベートな話をするようになった。


「ネムは普段、小物や服を作って、それを売ったりしているの」


「え、マジ?」


「うん。これも自分で作ったやつだし」とネムがゴスロリの裾を引っ張る。


「やばっ、すごいじゃん。どこで買えるの?」


「……それは、秘密」と言って、ネムは照れた。彼女のショップを知るためには、もう少し親密になる必要があるようだ。


「竜二は、普段、何をしているの?」


「俺は……デリバリーのバイトをしている」


「そうなんだ。じゃあ、ネムがお願いしたら、ご飯を届けてくれるの?」


「ああ、届けるよ」


「じゃあ、お寿司を十人前頼んで、受け取りを拒否しようかな」


「おいおい、そんな悪質ないたずらは止めてくれよ」


 そんな冗談で、お互いに笑うこともできた。


「ねぇ、竜二には、夢ってあるの?」


「夢? どうだろう。とくにはないかな。とりあえず、冒険者としてダンジョン攻略を楽しめたら、それでいいや。ネムにはあるの?」


「ネムも竜二と一緒かな。ダンジョン攻略を楽しめたらそれでいい。でも、いつかダンジョンで空を飛んでみたいとは思う」


「空を飛ぶ?」


「うん。ネムはピーターパンが好きで、いつかあんな風に空を飛んでみたいんだ」


「なるほど」


「飛べるかな?」


「もちろん。ファンタジーなあの場所でなら、空を飛ぶことも難しいことではないだろうよ」


「ふふっ、そうだね」


 そして、ネムとダンジョン攻略を続けて、三日が経った。


 その日の夜。


 野営地の広場でご飯を食べていたら、ネムが険しい顔で「あれを見て」と言った。


 俺はネムの視線を追いかけ、舌打ちしそうになった。


 杭打である。杭打たちがこのダンジョンにやってきた。あの男の自信に満ちた顔を見て、飯が不味くなる。


「あの人もこの場所ではでかい顔できないだろうから、その点では安心だね」


「だな」


 ネムは楽観的だったが、俺は安心できなかった。奴が同じダンジョンにいると思うだけで気が重くなる。


「明日は早めにダンジョンへ出かけよう」


「わかった」


 翌朝。


 周りが薄闇に包まれる中、俺たちはダンジョンに入った。


 ダンジョンのひんやりと土臭い空気を肺に入れ、落ち着く。


 あの男のせいで、朝から憂鬱な気分になっていたが、幾分かマシになった。


 胸を撫でおろす俺の隣で、ネムが言った。


「ねぇ、竜二。一つ提案があるんだけど」


「何?」


「アイテム探しをしない? もしかしたら、地下10階を突破するためのアイテムがあるかもしれないよ」


「いいよ。でも、アイテム探しって何をするの? 宝箱を探すとか?」


「基本的には。ただ、宝箱とかはもうほとんど発見されているだろうから、ダンジョンには隠し部屋とかがあるとも聞くし、それも探してみようよ」


「隠し部屋。確かに、そんなものがあるとサイトで見た気がする」


「でしょ?」


「よし。じゃあ、隠し部屋を探すか。あ、そうだ。アイテムと言えば、『幸運の跳竜』を倒した時に手に入るであろうアイテムも候補になるんじゃない?」


「確かに。なら、地下7階で、隠し部屋を探しつつ、幸運の跳竜を倒そう!」


「おう!」


 俺たちは地下7階に移動し、隠し部屋を探しながら、幸運の跳竜も探した。


 地下7階には、同じように幸運の跳竜を探している冒険者がいて、彼らと情報交換を行う。


 彼らの話によれば、一日に一回は、遭遇はするらしい。


 しかし、幸運の跳竜は警戒心が非常に強く、また、動きも速いため、攻撃を当てることが困難だという。


「あいつはゴキブリよりも速いぞ」


 と、ある冒険者は言った。


 一日に一回は遭遇するという言葉を信じ、俺たちは地下7階を探索した。


 しかし、中々、遭遇しない。


 当然、地下7階には、幸運の跳竜以外のモンスターもいるので、そいつらの相手もしなければならないのだが、似たようなモンスターばかり相手にしていると飽きてくる。


 だから、探索を打ち切って、いったん帰ることにした。


 そのとき、俺たちの前に金色に輝く幸運の跳竜が現れる。


 見つけた瞬間、俺は氷の塊を放った。


 が、幸運の跳竜は容易く俺の攻撃を避けて、逃げ出した。


 ネムと一緒になって追いかけるも、すぐに見失った。


「……やり方を考える必要がありそうだね」とネム。


「そうだな」


 その日は諦めて野営地に戻った。


 幸運の跳竜を倒す作戦に議論をしているうちに、夜も深まってきたので、眠りにつく。


 そして翌日。


 俺たちは幸運の跳竜を倒すための作戦をひっさげ、意気揚々と地下7階に向かう。


 ――が、地下7階に到着し、テンションがガタ落ちする。


 杭打たちが、冒険者を集めて、何やら話し合いを行っていたからだ。

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