第38話 彼の理由

「……へっ?」


 想定外の提案だったから、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「ごめん。迷惑、だったよね?」


「いやいや、そんなことないよ! ただ、ちょっとビックリしちゃって。いいよ、一緒に食べよう。というか、食べさせてください」


「……ふふっ、良かった。じゃあ、ご飯を選びに行こう」


「ああ」


 女の子と二人でキッチンカーからご飯を選ぶ。それだけなのに、俺は緊張してしまう。ご飯選びのセンスが問われている気がしたからだ。


(……って、そういうのが前回の失敗の原因だろ)


 だから、余計なことは考えず、自分が食べたいおにぎりと豚汁を食べることにした。


「あ、それ、おいしそう。ネムもそれにする」


 ネムに他意がないことくらいわかっているが、それでもネムに認められた気がして、悪くない気分。


(勘違いしないようにしないとな)


 そう言い聞かせ、自制する。


 そして俺たちは、キャンプファイヤー近くの適当な場所に座り、食事を始める。


 俺は最初に豚汁を飲んだ。久しぶりの温かい汁物。味噌とだしの風味が体の隅々まで染み渡り、自覚できるくらい頬が緩む。


「おいしそうに飲むね」


「ん、まぁ。疲れているのもあるし、最近、まともなものを食べていなかったから、体が喜んでいるのかも」


「そっか。私も飲んでみよう」


 ネムは、猫舌なのか、たくさん息を吹きかけてから、豚汁を味わった。


「あちち」と舌を出すも、どこか嬉しそうに俺に微笑みかける。


「おいしいね」


「だろ?」


 べつに俺が作ったわけではないが、俺は誇らしげに笑みを返す。


 それから俺たちは黙々と食事を続け、腹が満たされると、キャンプファイヤーの炎をぼんやり眺めた。


 時間も忘れて、炎を眺めていると、不意にネムが言った。


「……竜二。ごめんね」


「え、何のごめん?」


「ん。竜二の調子がいまいちなの、ネムが何かしちゃったからだよね?」


「いや、そんなことないけど」


 しかしネムは、納得していない様子で目を伏せた。


 意図せず彼女を傷つけてしまっているらしい状況に、俺は戸惑ってしまう。


「マジでネムは関係ないよ」


 俺は、もう一度ネムに非が無いことを伝えたが、ネムの表情は浮かないままだった。


(どうしよう)


 というか、ネムはどうして自分に責任があると思っているのか。


 まずは、そこを確認した方が良いかもしれない。


「なぁ、ネム。どうして、俺の不調が、自分のせいだと思うんだ?」


「……ネムは、昔から気が利かなくて、それで怒られることが多かった。だから、竜二の調子を崩すようなことをしてしまったんじゃないかって」


「……なるほど」


 ネムのそれは杞憂だ。しかし、中途半端な言葉では、その意図が伝わらず、彼女をより傷つけてしまうだけの気がした。


(なら、ちゃんと話すしかないな。俺のこれまでを)


 もしかしたら、それでネムに嫌われてしまうかもしれない。


 ただ、そのときはそのとき。


 それに、ネムは案外受け入れてくれかも――なんていうのは、ただの怠慢であることはわかっている。


 それでも、俺は口を開いた。


「ネム。俺が不調なのは、あの人に再会してしまったせいだ」


「……あの人?」


「ああ。ほら、この前言っていた母親」


「……母親がどうして?」


「……ネム。俺はさ、死ぬつもりで冒険者になったんだ。前の職場でパワハラを受けて、何もかもが嫌になって。

 でも、最初のダンジョンでゴブリンが上司に見えて、ぶん殴ったら最高に気持ち良かった。だから俺は、ダンジョン攻略――というより、上司に見えるモンスターをぶん殴って快感を得るために冒険者を続けた。

 けど、あの人に会ってから、モンスターがあの人に見えて、殴ることに迷いが生まれてしまった。理由は、まぁ、いろいろあるとは思うんだけど、結局のところ、よくわからない。

 いずれにせよ、俺はあの人を殴ることができなくて、そのことに気づいてから、上司ですら殴れなくなった。それが俺の不調の原因だ」


 ネムに視線を戻すと、戸惑った表情のネムと目が合う。


 想定通りの反応だ。


 だから、取り繕うように笑ってみせる。


「ごめん。急にこんな話をされても困るよな」


「え、あ、いや」


「とにかく、これが俺の不調の原因だ。だから、ネムが気にするようなことじゃないよ」


 ネムの瞳が揺れ、ネムは目を伏せた。


 おかしい。ネムを傷つける意図は無かったのに、まだ彼女を傷つけている。


(といっても、これ以上、何を言えば)


 そのとき、ネムの手が伸びてきて、俺の手を握った。


 その手はかすかに震えていたが、ネムは真摯な瞳で俺を見返した。


「竜二。竜二の不調の原因はわかった。だから、確認させて。竜二は、復讐のために冒険者をやっているの?」


「復讐……」


 復讐は大袈裟な物言いかもしれないが、確かに俺の行動の根源にあるのは復讐なのかもしれない。


「もしかしたら、そうかも」


「そっか。それってさ、なんかもったいなくない?」


「え、もったいない?」


「うん。竜二。今度はネムが話すね。ネムが冒険者をやっている理由について」


 そして、ネムは理由について語り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る