第37話 幸運と野営地

 それからしばらくドラゴンを眺めていたが、状況は何も変わらないので、いったん帰ることにした。


「どう調子は?」


「ん。まぁ、ぼちぼちかな」


 あのドラゴンを見たことで、少しだけ意欲が湧いてきた気がする。


「じゃあさ、歩いて帰らない?」


「歩いて? でも、ここから歩きだと時間が掛かるんじゃ」


「それなら、大丈夫。このダンジョンの地下10階までは、ギルドの人が作ってくれた地図があるから、それを見れば、最短でダンジョンを進むことができるよ。多分だけど、4時間もあれば、帰れるんじゃないかな」


「へぇ、そうなんだ」


 4時間が長いかどうかの判断は迷うところではあるが、とりあえず、知っている風に頷く。ただ、短いようには感じる。


「ま、いざとなったら、『脱出ポーション』を使えばいいし、だから……どうかな?」


「そうだな。歩こう」


「そうこなくっちゃ! それじゃあ、行こう!」


 ネムの案内に従って、ダンジョンを戻った。


 その道中でモンスターと遭遇する。


 俺は自分の気持ちを騙すことで、何とかネムの足を引っ張らないようにしたが、正直、苦しかった。


 上司に言われ、やりたくない仕事をしていたときのような気分。


 変な話だ。


 俺にとって、ダンジョンとは、ある種のアトラクションだったはずのなのに、今は地獄にしか思えない。


 やはり、あの人のせいだ。あの人のせいで、俺は……。


 ――その後も苦しみ続けながら、俺たちは地下7階へ到達する。


 そこで、ネムが言った。


「そういえば、この階に、『幸運の跳竜』なるモンスターがいるらしいよ」


「へぇ、どんなモンスターなの?」


「聞いた話によると、金色の跳竜らしい」


「ふぅん。もしかして、あんな感じ?」


 俺たちの前方に跳竜がいた。目がギョロギョロして、鱗の感じや体つきは俺のよく知る跳竜であったが、全身が金色に輝く姿は初めて見る。


「あいつだ!」


 ネムが驚きの声を上げた瞬間、跳竜は跳び上がって、逃げ出した。


「竜二!」


 俺はすぐさま杖を向け、氷の塊を放った。


 跳竜は振り返ることなく、跳び上がって氷の塊を避けた。


 さらにそのまま壁を走って、ダンジョンの闇の中へ消えていく。


「追うよ!」


「あ、ああ」


 しばらく追いかけてみたが、幸運の跳竜の姿は見えなくなっていた。


「逃がしちゃったか」


「すまん。俺のせいで」


「うんうん。竜二のせいじゃないよ。ネムも迂闊なところがあったしね。まぁ、見れただけ良しとしよう!」


 ネムの優しが身に染みる。彼女と一緒で良かったと思う。が、同時に胸のざわめきも覚えた。


(――もしかしたら、ネムを『裏切り者リスト』に書く日が来るかもしれないな)


 最悪で起こりうる未来が頭を過り、ため息が出そうになる。ネムがいなかったら、していたと思う。


 俺がそんなことを考えていると、ネムは神妙な顔で、跳竜の消えた闇の先を眺めながら言った。


「――でも、できれば倒したいね」


「……何で?」


「ああいうレアな敵を倒すと、良いアイテムが貰えると相場は決まっているから」


「つまり、あいつを倒すことで、手に入るアイテムが欲しいってことね」


「うん。そんなところ。それじゃあ、追いかけよう――と言いたいところだけど、今は帰ることを優先しよう」


「そうだな」


 それから来た道を戻り、ダンジョンの外に出た。


 外はすでに夜になっていて、照明の強い明かりが俺たちを迎える。


 軽井沢の肌寒い空気を吸い込み、外の世界に戻ってきたことを実感した。


「竜二は、これからどうするの?」


「野営地に泊まるつもりだけど」


「そっか。なら、一緒に行こう。ネムも、今日は野営地に泊まる予定なんだ」


 俺たちはレンタル品をいったん返し、野営地へ移動した。


 野営地には広場のようなものがあって、広場の中央ではキャンプファイヤーが行われていた。


 また、キッチンカーも数台あり、そこで料理を受け取った冒険者が、キャンプファイヤーで暖を取っている。


 一瞬、ネムと一緒に食べることも考えたが、すぐに否定する。


 今の俺は、ネムと雑談なんてできない。


 前回みたいな突拍子もない言動で、彼女を困らせてしまうだろう。


 だから、俺はネムとご飯を食べるのは難しい。


 それに、ネムも俺とご飯なんて嫌だろうし……。


 ――しかし、ネムの口から予想外の言葉が出た。


「竜二はこれからご飯?」


「うん。まぁ」


「なら、一緒に食べない?」

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