第33話 孤独

 なぜ、あんなことを口走ってしまったのか。


 わからない。


 俺は自分の気持ちを伝えるために、ネムを呼んだわけじゃない。


 ただ、母親のことについて話しかっただけなのに……。


(……俺って、本当に駄目なやつだな)


 普段は勇気が無いくせに、勢いで自分の気持ちを口走ってしまうことがある。 


 それでうまくいったことなんて一度も無いのに、同じことを繰り返す。


 今回だって、ネムのことを知った気になっていたが、実のところ、ネムのことを何もわかっておらず、嫌われるようなことをしてしまった。


 猛省すべきことだと思う。


 でも、死ぬまで何度も同じ過ちを犯し、猛省すべきだと言っている自分の姿が容易に想像できた。


 他人の気持ちなんて一ミリもわからないのに、自分のことに関しては嫌になるほどわかっている。


 だから、想像できた。


 俺はため息を吐き、夜空を眺める。


 東京の夜空はお世辞にもきれいとは言えないが、夜空を見ていると、ネムと見た日光の夜空を思い出す。


 すると、俺の言葉を遮ったネムの表情まで思い出してしまい、絶望感がこみあげてきた。


 彼女のあの困ったような顔を見るに、次は無いと思う。


 ネムが俺に見せた表情は、一回だけご飯に行った女性が、別れ際に見せた表情に似ていたからだ。


(……結局俺は、一人なんだよな)


 俺は生まれながらに孤独な人間だった。


 母親からは信者としか思われていなかったし、父親には見捨てられた。


 一般論者は無責任な一般論を語って、俺を理解しようとしない。


 だから俺は、一生孤独な存在であり、誰かを愛すこともなければ、誰からも愛されることはない。


 その覚悟はできているのだが、孤独であることを実感する度に傷ついてしまうのは、俺もまだまだ弱い人間だからだろう。


(強くなろう)


 数日後には忘れていそうな決意を胸に、俺は公園を後にした。


 それからは、ネムのことを考えないようにした。


 しかし、ネムのことを考えてしまう。


 だから、別のことを考えて、ネムのことを忘れようとした。


 すると、あの人のことばかり考えてしまい、気が滅入る。


 久しぶりに会ったあの人は、俺の脳にこびりついてしまい、簡単には剥がれ落ちなかった。


 このままではまずいと思い、バッティングセンターへ行く。


 そこで杭打を殴り、心の平穏を保つことにした。


 また、師匠に話せば何かが変わるかもしれないと思った。


 が、バッティングセンターで師匠を見かけ、俺は自らの孤独を深めることになる。


 師匠は、知らない人に指導していた。


 べつに、師匠は俺の専属でもないし、師匠がそういう人であることは、初日に店員から教えてもらっていた。


 ゆえに驚きとかは無かったのだが、俺と師匠が別の生き物であることを実感してしまう。


 師匠は、多少空気の読めないところはあるが、男気があり、優しい人だった。だから、多くの人に慕われている。


 一方の俺は、ただの空気を読めない凡夫であり、男気も無ければ優しさも無い。だから、周りには誰もいない。


 こんな二人が付きあっていれば、いずれ軋轢が生まれ、関係が崩壊してしまうのが、容易に想像できる。


 もちろん、関係を壊すのは俺だ。


 師匠に期待するだけ期待して、ちょっとしたことから失望し、彼の名前を『裏切り者リスト』に書き連ねるだろう。


(……お互いが良い感情を抱いているうちに、別れた方が良いかもしれないな)


 それから俺は、バッティングセンターへ行かなくなった。


 代わりに、バイトをたくさんこなし、考えない時間を作るようにした。


 配送先のことだけを考えて、自転車を漕いでいる時間が、俺にとって至福の時間になりつつあった。


 そんな折に、崎本からダンジョンへ行っていいとの連絡があった。


 ギルドのサイトを調べると、俺が行けるダンジョンは、『軽井沢ダンジョン』だけだった。


(……どうしようかな)


 俺は行くかどうかで迷う。交通費が理由ではない。今の俺には、ネムや杭打など、ダンジョンを煩わしく思ってしまう要因が多すぎた。


 悩んでいると、SNSにメッセージが届く。


 相手の名前を見て、俺は心臓が止まるかと思った。


 俺にメッセージを送ってくれた相手は――ネムだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る