第32話 告白
――17:00のとある公園。
既に夜のとばりが落ちていて、暗くなっていた。
冬を感じる時分。普通に寒いし、ここにネムを呼んだことを後悔する。
(やっぱりカフェとかの方が良かったのかな)
しかし、最初に公園を提案してきたのは、ネムである。
できる男なら、もっと別の場所を提案できるのかもしれないが、そんな技量が俺には無い。
人の気配がした。顔を上げると、ネムが立っている。一昨日と同じようなゴスロリを着て、地雷系のメイクをしていた。
ネムはこの場所でもネムであることに安どする。
「ごめん、急に呼び出しちゃって。しかも、こんな場所に」
「うんうん。大丈夫。それより、どうしたの?」
ネムは俺の隣に座る。彼女の存在を横に感じ、温かくなった気がした。
そんな彼女に対し、俺はどんな風に切り出すべきか迷ってしまう。
「……竜二?」
「ごめん。何と言うか、話を聞いて欲しかったんだ」
「話?」
「ああ。実は俺、母親と絶縁しているんだけど、その母親が、今日、急に俺の前に現れんだ。それで、ちょっとパニックになっちゃって、頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって。誰かにこのことを話したら、気が楽になると思ったんだけど、話せるような人なんていないから……ネムに声を掛けたんだ」
ネムが小さく息を呑む。その顔に戸惑いの色があった。自分の失敗を痛感し、胸が苦しくなる。やはり、出会って数日の人間にすべき話ではなかったか。
「……ごめん。いきなりこんな話をされても困るよな」
「う、うん。ネムの方こそ、ごめん。事情も知らないのに、軽い気持ちで答えちゃって。ネムでは力になれそうにないや」
ネムの申し訳なさそうな顔を見て、あのとき声を掛けてきた好青年の顔をぶん殴りたくなってきた。時間を戻せるなら、今すぐ戻したい。
「……でも、ちょっと嬉しいかも」
「え、嬉しいの?」
「うん。実は、ネムも家族とは仲が悪くてさ。だから、竜二も私と同じなんだと思ったら、親近感が湧いてきた。やっぱり、ネムたちの相性はいいのかもね」
「……そうだな」
ネムの無垢な笑みを見ていたら、勘違いしてしまいそうになる。彼女にはそんな気なんて無いだろうに。
……でも、本当に勘違いなのだろうか。
俺たちは、出会ってまだ数日しか経っていない。
それでも、ダンジョンで俺たちが見せたコンビネーションは、俺たちの仲が特別なものであることを示しているように思えた。
もしかしたら、ネムも同じようなことを――。
「竜二。手を出して」
ネムに言われるがまま、俺は左手を差し出した。
するとネムは、その手に自分の両手を重ね、俺に微笑みかけた。
「ネムは、竜二の難しい話を解決することはできないけど、こうやって竜二の手を温めることはできるよ」
その笑顔は反則だと思った。
俺の勘違いが確信に変わってしまい、優しいネムの目をじっと見つめてしまう。
もはや、あの人のことはどうでも良かった。
ただ、目の前の女の子のことが気になる。
「――なぁ、ネム。ネムは、どうして、今日、ここに来てくれたんだ」
「え、だって、竜二が困っているようだったから」
「困っているだけでは、ここまで来ないでしょ」
「そうかな? 来ると思うよ」
「どうして?」
「どうして? と言われると難しいなぁ。ただ、一昨日のダンジョン攻略が楽しかったから、竜二とはこれからも一緒にダンジョン攻略をしたいと思って。それで、竜二が困っているなら、力になりたいと思ったんだ」
「そうなんだ。ありがとう。俺も、ネムとはこれからも一緒にダンジョン攻略をしたいよ」
「本当? 嬉しい!」
「ああ」
「竜二はどうして私と一緒にダンジョン攻略をしてくれるの?」
「それは、多分、俺はネムのことが好――」と言いかけたところで、ネムの人差し指が俺の唇に触れる。
その先を言わせないように。
俺は驚いてネムを見てしまう。
ネムはどこか困ったような顔で俺を見返した。
「ごめん。竜二。ネムは、そういうのわからないんだ。だから、ごめん」
沈黙。
先ほどまでの雰囲気はどこへやら。
俺のせいで変な空気になってしまった。
いや、何を勘違いしているの? 冒険者として好きって意味だよ! ――と冗談ぽっく言えたら、どれだけ良かったか。頭の中の俺なら、それくらい容易にできる。
しかし現実の俺は、機転の利いたことは言えず、想定外の事態に慌てふためくことしかできない、ただの凡夫だった。
左手の温もりが俺から離れる。
「ごめんね、竜二。ネムはそろそろ帰るね」
「あ、うん」
ネムは立ち上がって、小さく手を振った。
「それじゃあ、またダンジョンで会おうね」
「ああ、また、ダンジョンで」
俺はネムが闇の中へ消えるのを見送ってから、力なくベンチに座る。
夜の公園は――寒くなかった。が、暑くも無い。
俺という人間は、温度感を失った状態で、そこに座っていることしかできなかった。
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