第29話 vs オークリーダー②

 炎の爆ぜる音が聞こえる中、大きな上司が動き出す。


 上司は俺に向かい、その巨体を揺らして突進してきた。


 俺はネムに目配せし、上司の顔面に向けて、火球を放つ。


 上司の顔面に直撃するも、上司は動きを止めず、突っ込んできた。


 が、俺の目的は、それで動きを止めることではなかった。


 上司の視界を奪うためである。


 俺は上司の視界が炎に包まれている間に、上司の足元に迫った。


「ぐおっ!?」


 炎が晴れ、俺を見失っていることに気づき、上司は困惑する。


 その間抜け面を苦痛で歪ませるため、俺は上司の左膝を杖で殴った。


 むろん、魔法も忘れない。


 打撃と魔法による爆発で、「ぬぉぉ」と上司の顔が歪む。


 しかし上司は倒れず、石の斧を振り上げて、襲い掛かろうとする――が、その横顔に炎の斬撃が当たって、悶える。


 ネムの一撃だ。


 上司はネムを睨みつけるも、ネムはすぐにその視界から消える。


 上司の意識がネムに向いたら、俺が上司を攻撃して、上司の意識を俺に向けさせる。


 これも俺たちの作戦だ。


 常にどちらかが上司を攻撃し、上司に攻撃の的を絞らせないようにする。


 その狙い通り、上司は近場にいる俺を先に倒そうとするも、遠くから顔を狙って攻撃してくるネムのことも気がかりで、戦いに集中できていないように見えた。


 だから俺は、上司のその隙を見逃さず、何度も攻撃を当てた。


 すると、上司は石の斧をがむしゃらにぶん回し始めた。


 俺は近づけず、いったん、距離をとる。


 それが上司の狙いだったらしく、俺が離れたことで、上司は一呼吸置いた。


(さて、どうしたものかな――)


 一呼吸置いたことで、上司は戦略を変えてくるかもしれないし、普通ならその可能性が大いにある。


 しかし、上司が考えるべきは、俺たちに対する戦略だけではない。


 上司が予想だにしていなかった攻撃が彼を襲う。


 酸欠だ。


 辺りを火の海に囲まれている今、開けているとはいえ、俺たちがいる空間の酸素は減少し、逆に二酸化炭素が増えている。


 また、煙や熱もじわじわと上司の体力を削っていき、上司は苦しんでいるように見えた。


 ただ、それは諸刃の剣である。


 俺も息苦しいし、熱で汗がにじみ、視界が少しかすんでいた。


 ただ、俺にはポーションがある。


 ポーションを飲むことで、そういった違和感は全て消え、フレッシュな状態で上司と向き合えことができた。


 レムに目配せする。レムもポーションを飲み、準備万端の様子。


 俺たちは頷き、再び上司への攻撃を開始した――。


 ――そして、十数分の激闘の末、俺たちは上司を倒した。


 膝をつき、前のめりに倒れた上司を見て、俺は拳を握る。


「やったね、竜二!」


 ネムが抱き着いて、喜びを表現する。


 想定外の歓喜の仕方であったから、俺はどぎまぎしてしまった。


 彼女を抱き返し、一緒に喜び合えば良いのだろうが、俺は抱き返すこともできず、「う、うん」と戸惑うことしかできない。


 そんな俺たちの前に、光るカードが現れた。


 俺は、レムに譲る。


「このカードはレムがどうぞ」


「え、いいの? 危険な役をやってくれたのは、竜二じゃん」


「ああ。今回の作戦を考えたのは、レムだし。レムがいなかったら、倒せなかったと思う。だから、レムが受け取るべき」


「……ありがとう。じゃあ、その言葉に甘えるね」


 レムがカードを受け取る。彼女が手にしたカードは、『腕力プラス』だった。


「竜二と一緒だ」


 彼女の柔らかい笑みに、ドキッとする。


 他意が無いとはいえ、その笑顔は反則だ。


 周りの景色が光の粒子となって、空に昇り始める。


 ダンジョン攻略完了の合図。


 光が晴れたとき、俺たちは寂しい山野の真ん中にいて、吐く息が白く、寒暖差ですぐに風邪をひいてしまいそうだった。


 震えていると、「きれいだね」と隣にいるネムが空を見上げていた。


 俺も空を見上げる。


 ダンジョンで見た夜空とは違う夜空だったが、確かにきれいだった。


(ダンジョンで言いたかったこと、ネムに言われちゃったな)


 視線を感じる。


 ネムと目が合った。


 ネムが気恥ずかしそうに微笑んだので、俺も何となく照れてしまい、自分でもわかるくらいぎこちのない笑みを返してしまう。


「あいつらが来る前に、さっさと帰ろうか」


「ああ」


 俺たちは、ギルド職員にダンジョン攻略完了の旨を告げる。


 深夜と言うこともあり、ギルド職員は不満そうにしていたが、ダンジョン攻略完了自体は重要なことだったので、複雑な表情で対応してくれた。


 レンタル品などを返した後、俺たちはタクシーを使い、駅前に移動した。


 朝まで待てばバスを利用できたが、杭打たちと会いたくなかったから、電車で帰ることにしたのだ。


 しかし、当然電車は無く、朝まで待つしかなかった。


 だから、適当なホテルに入って、休憩する。


 二人きりで休憩することに、思うところがないわけでないが、眠すぎてそれどころではなかった。ネムもずっと眠そうにしている。


 ゆえに、部屋に入ると、俺もネムもベッドに倒れ、そのまま意識を失った。


 そして目覚めたとき、隣にネムの姿は無かった。


 が、メモ書きが残されていて、そこにネムの連絡先が書いてあった。

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