第28話 vs オークリーダー①

 ダンジョン内は夜になった。


 空には、バケツの牛乳をこぼしたような満天の星空が広がり、都会では絶対に見ることができない景色に俺は息を呑む。


「きれいだね」と隣にいるネムに言いたいところだが、そんな雰囲気ではない。


 夜になると、行動が活発になるモンスターもいるらしいので、ネムは注意深く辺りを観察していた。


(俺も、注意しないと)


 気合を入れ直し、辺りを探る。


 俺たちは今、山の麓にある林の中を探索していた。星空の明かりで、そこまで暗くは感じないが、見づらい感じ。


 不意にネムが足を止め、俺の動きを手で制した。口元に指を当て、周囲の音に耳を傾けているようだった。


 俺もネムに倣い、音に集中する。


 そして――いびきのような音が聞こえ、互いに見合う。


「今のって」と俺は声を潜める。


「竜二も聞こえたんだ。じゃあ、やっぱり何かいるよね。注意しながら進もう」


 俺は頷き、二人で音を殺しながら、音がした方へ近づく。


 茂みの隙間から確認すると、開けた場所にオークの群れがいた。


 全で五体。そのうち、四体は地面に寝そべり、一体は立ち上がって周囲を警戒している。


 幸いなことに、俺たちは気づかれていないようだ。


 ネムに肩を突かれ、目を向けると、一体のオークを指さしていた。


 マントを羽織ったデカめのオークがいた。その群れの中でも、一番大きいように見える。


(もしかして、ボス?)


 ネムに目配せすると、一時退避のジェスチャーをしてきたので、俺は頷き、その場から離れる。


 オークたちのいびきが聞こえない程、遠いところまで来て、ネムが興奮気味に語る。


「見た?」


「ああ。もしかして、あれがボス?」


「うん。オーク・リーダーだね。ネムは一度戦ったことがあるからわかる」


「そうなんだ。強いの?」


「危険度はBだから、強いと言えば、強いけど、勝てない相手ではない」


「俺たちだけで勝てるの?」


「オーク・リーダーを孤立させることができたら、勝機はある」


「なるほど。どうする?」


「そうだなぁ」


 ネムは思案の後、俺に作戦を耳打ちする。前に戦った時の経験を活かした作戦らしい。


「――という作戦が良いと思う」


「……マジでその作戦をやるの?」


「うん!」


 自信ありげに頷くネムを見て、俺はクレイジーだと思った。


 端的に言えば、オークの群れを分散させ、オーク・リーダーとの二対一に持ち込むための作戦なのだが、そのやり方がぶっ飛んでいる。


 正直、危険すぎて、普通の人間なら絶対にやらない作戦。


(でも、逆にそれがいいのかもな)


 ここで杭打のような安全策を選ぶ人間だったら、俺は彼女と行動していないと思う。


「わかった。やろう」


「そうこなくっちゃ」


 俺たちは頷き、早速作戦を実行する。


 俺たちはオークの群れがある開けた場所まで戻り、そこで二手に分かれた。


 俺は開けた場所に沿いに進み、ネムからの合図を待つ。


 そして――遠方で木が燃え出した。


 あれがネムからの合図。ネムが炎の斬撃を使って、木を燃やしたのだ。


 俺はその燃えている場所を見て、自分が立つべき場所を修正しながらオークの群れを確認する。


 監視していたオークが、眠っているオークを起こし、何やら声を荒げた。


 ネムの予想だと、オークが一体、その火元に向かって、移動するはずだが――正解。


 監視していたオークが火元に向かって歩き出した。


 そしたら次は、俺の番。


 俺も遠くの木を狙って、火球を放つ。


 火球が木に当たって燃え上がった。


 すぐにその場から離れ、気配を殺す。


 オークたちは慌てた様子で相談し、オークが一体、その火元に向かって駆け出した。


 オークが茂みの中に消えて、数秒後。


 ネムが飛び出して炎の斬撃をオークに当て、すぐに茂みの中に消えた。


 怒った様子のオークが追いかけ、茂みの中へ消えていく。


 残りは、オーク・リーダーとオークのみ。


 俺はオークに上司の姿を重ねる。オークみたいな見た目の醜いモンスターには、上司がよく似合う。


 俺も茂みから飛び出して、オークに火球を当てると、すぐに茂みの中に逃げ込んだ。


 オークが茂みの中に飛び込んでくるのを確認したら、かく乱するように木々の間を動き回り、弧を描くように移動する。


 これで、オークをオーク・リーダーから遠ざけつつ、俺はオーク・リーダーに近づくことができた。


 そして、俺とオークのオーク・リーダーに対する距離が逆転したところで、手当たり次第に火球を放ち、辺りの木々に火を点ける。


 火は山火事になるほどの勢いで広がり、俺がオーク・リーダーのいる開けた場所に出たとき、辺りは火の海に包まれていた。


 困惑するオーク・リーダーの向こう側からネムも現れ、俺たちはにやりと笑う。一応は作戦が成功した。


 炎上デスマッチ。それが、今回の作戦名にふさわしいだろう。


 ネム曰く、オークは火が苦手なモンスターらしいので、火の壁ができた今、オーク・リーダー以外の邪魔者はこの場所に入ることができない。


(しかし、デカいな)


 改めて上司の前に立ち、そのデカさに圧倒される。身長が三メートルくらいはありそうだ。


 ただ、殴りがいもありそうだ。


「さぁ、始めようぜ、上司」


 俺はオーク・リーダーに上司を重ね、杖を構える。


 上司は、そばに落ちていた石斧を拾い、雄叫びを上げた。

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