第26話 二人だけの冒険①

「――では、出陣!」


 偉い人の号令が掛かると同時に、列の一番後ろにいた俺とネムは駆け出した。


「あ、こら! 待て!」


 杭打の声が聞こえたけど、当然無視。俺たちは、ダンジョンの入口へ急ぐ。


 困惑するギルド職員を傍目に、俺たちは背の高い植物の群落に突っ込んだ。


 青くて長い植物は、俺たちの視界を遮り、行く手を阻む。


 正直、邪魔だった。しかし、かき分けているうちに、何だかその煩わしさが楽しくなってきた。


 その先に広がるであろうダンジョンに対する期待も膨らみ、無我夢中でかき分ける。


 そして、目の前が開け、俺たちは今回のダンジョンに足を踏み入れた。


 まず、目に飛び込んできたのは青空である。その下に、少し黒っぽく見える山々があって、その麓から俺の足元まで緑色の絨毯が広がっていた。


 外とは真逆の景色に季節感がバグってしまう。ただ、一つ確かなのは、俺がこの景色を美しいと思ったことだ。景色で感動したのは、これが初めてかもしれない。


「感動している場合じゃないよ! 早く、行こう」


「あ、ああ」


 ネムに手を引かれ、ともに走る。離れたところに雑木林があったので、そこに入って、息をつく。


「あいつら、追っては来ていないみたいだね」


「だな」


 ダンジョンの入口を確認すると、そこに杭打たちの影はない。「ああいう馬鹿は放っておけ」と嘲笑する杭打の姿が容易に想像できた。


「とはいえ、来るのも時間の問題だろうし、あいつらが来る前に進んじゃおう!」


「わかった」


 俺たちは、モンスターを警戒しながら、雑木林の中を進んだ。


「そういえば、ここは草原型と呼ばれているらしいけど、草原だけじゃなく、こういった地形も含まれているんだ」


「うん。結構、その辺は曖昧みたいだよ」


「なるほど」


 そのとき、茂みを分ける音が聞こえ、ウサギが飛び出てきた。体長が一メートルくらいある、耳の代わりに二本の角が生えた紫色のウサギである。ウサギは俺たちを認め、警戒の色を強めた。


「あれはツノウサギ。危険度はDのモンスターだね」


「なら、ちょっと試したいことがあるんだけど、やってもいい?」


「何?」


「……『炎の杖』を打撃武器として使ってみたいんだ」


「へぇ」とネムは目を細める。


「面白いこと、考えているんだね。いいよ、やってみて」


「ありがとう」


 俺は前に進み出て、ツノウサギと対峙する。


 小柄だが、真っ赤な目からは好戦的な意思を感じる。


 ふれあいコーナーとかにいる愛らしさとは異なる暴力性がそのウサギから溢れていた。


 しかし、引くわけにはいかない。


 だから俺は、じりじりと距離を詰める。


 俺が近づくたびに、ツノウサギの毛が逆立ち、カチカチと歯を叩く音が強くなった。


 気を抜いたら、食いちぎられかねない様相に、ブルってしまう。


(……集中しよう)


 短く息を吐き、目の前の相手に意識を向けた。


 ウサギに上司――いや、さきほどのチャラ男の姿を重ねる。


 あの男も出っ歯で、ウサギほど可愛くはないが、ウサギらしい顔つきだった気がする。


 それに、性欲もウサギ並み。


 だから、モンスターの配役としてはピッタリである。


 それで、スイッチが入った。


 俺は駆け出す。


 チャラ男も飛び掛かってきた。


 自分から飛び掛かってくれるのはありがたい。


 ウサギをボールに見立て、バッターの感覚でぶん殴ることができる。


 俺は迫るチャラ男を殴るため、左足で踏み込んだ。


 腰を捻り、遠心力でチャラ男の顔面に炎の杖を叩き込む。


 さらに、魔法を発動。


 小規模な爆発でチャラ男の顔面を焼き、振り抜いて、地面に叩きつける。


 チャラ男は毬のように跳ねて、地面を転がり、顔を押さえて悶えた。


「ぢゅいっ! ぢゅいっ!」


 歩み寄って、確認する。顔がただれているチャラ男の顔は滑稽だった。この男にはもっと苦しんでもらいたい。


 だから俺は、杖を振り下ろし、チャラ男の顔を殴った。当然、魔法による爆発で苦痛を与えることも忘れない。


 ――が、すぐにそれは失敗であったことに気づく。


 チャラ男が、顔の潰れたツノウサギになっていたからだ。


 そしてツノウサギは消えてしまい、俺は物足りなさを感じる。


 もう少し、いたぶって殺すべきだった。


「……竜二」


 その声で、俺はネムがいたことを思い出す。


 チャラ男に対する憎しみのせいで忘れていた。


 俺は焦る。ネムに引かれたかもしれない。


「あの、これは」


 ――しかしネムは、キラキラした目で俺の手を握った。


「すごいよ、今の!」


「え、あ、ありがとう」


「にしし」とネムは満面の笑みを浮かべる。


「やっぱり、ネムの勘は正しかった。竜二は特別なものを持っている」


「……ありがとう」


 ネムの真っ直ぐな誉め言葉に、俺は照れることしかできなかった。でも、悪い気はしない。


「よぉし。なら、今度はネムの番だ!」


 ネムが魔法剣を抜く。その刃が、鋭く光った。まるで、ネムのやる気を体現しているかのように。


 そして、俺たちの前にツノウサギが現れる――。

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