第20話 霞ヶ浦ダンジョン➂

 集合場所に戻った俺は、斎藤という男のパーティーに入れられ、ダンジョン攻略することになった。


 当然、そこに俺の意思なんてものはない。


 それでも、俺は我慢してやるしかなかった。


 軽く自己紹介する。槍使いの斎藤の他、剣士の男性冒険者が二人に弓使いの男性冒険者が一人のパーティーだった。


 そして、斎藤たちとダンジョンに入る。


 ダンジョンに入った瞬間、ボロボロだった黒衣の厚みが増し、風の杖の杖先にある宝石に輝きが戻った。


 武器や防具が本来の輝きを取り戻したことで、俺のやる気も戻り、ワクワクする。


(さて、今日は何人の上司を殴れるかな?)


 逸る気持ちを抑え、奥へと進んでいく。


 水の洞窟はひんやりと肌寒く、ゴツゴツとした岩肌がむき出しになっていた。


 また、水が満ちていて、足首ほどまで水に浸る。


 俺は黒魔導士のブーツを履いており、ブーツには防水性があるらしく、足が濡れることはなかった。


 明かりは無かったので、斎藤が持つ松明の明かりだけが頼りだった。


 しばらく進んでいると、大きなカエルが2体ほど現れた。


 よく見ると太った上司だったので、風の杖で殴りかかろうとしたら、斎藤に止められる。


「おい、黒魔導士が前に出たら、ダメだろ!」


「でも、試したいことがあるんで」


「試したいこと? そんなの知らん。お前は1類なんだから、黙って俺の言うことを聞け!」


 斎藤に睨まれる。免許のことを言われたら、従わざるを得ない。


「……わかりました」


 俺は渋々引き下がり、目の前に嫌いな上司がいるのに殴れないもどかしさに唇を噛んでしまう。


「よし! なら、まずは前衛で攻撃しよう。後衛はサポートをよろしく」


「はい!」と弓使いが答える。


「……はい」と俺も一応答える。


「行くぞ、うおおお!」


 槍使いの斎藤と、二人の剣士が太った上司に戦いを挑む。


 この時点で、俺のやる気は失われつつあったが、一応杖を構えて、サポートできるようにはした。


 しかし、戦い始めてあることに気づく。


(邪魔すぎだろ、あいつら)


 前衛が好き勝手に動いていた。


 この状態で魔法を撃ったら、巻き込んでしまうだろう。


 だから、迂闊に魔法を発動できない。


「ああ!」


 と剣士の一人が情けない声を上げる。見ると、彼の剣が上司の長い舌に巻かれ、彼の手から放れた。


(あの人、死ぬかも)


 他の二人はもう一体の上司と交戦している。


 だから、助けることができるとしたら俺か弓使いのどちらかだが、剣士が俺と上司の間に立っているから、俺は魔法を発動できなかった。


 弓使いに視線を走らせる。


 彼は、弓道でもやっていたのか、きれいなフォームで矢を引いていた。


 しかしその顔が強張っているので、不安になる。


(早く撃てよ)


 と思った瞬間、弓使いは上司に向かって矢を放った。


 矢は――上司の頭をかすめ、命中しない。


「何をやっているんだ!」


 剣士が怒声を飛ばす。


 助けてもらう側の反応とは思えない態度だ。


 上司は舌に巻いた剣を投げ捨てると、剣士に狙いを定めた。


(しゃーない)


 俺は駆け出し、剣士に向かって叫んだ。


「しゃがんで!」


「あ、え」


 しかし剣士は困惑し、反応が遅い。


 俺は舌打ちして、剣士に左手を伸ばした。


 剣士の鎧の首元を掴んで、引き倒す。


 同じタイミングで上司が長い舌を伸ばした。


 一瞬で舌が伸びるが、俺には伸びる様がスローモーションで見えた。


 俺はあえて風の杖を突き出し、杖先に舌を絡ませる。


 ――瞬間、魔法を発動した。


 杖先で鎌鼬が発生し、上司の舌を切り裂く。


 ぎゃっ、とのけ反る上司。


 俺はその横顔を、風の杖で殴り飛ばした。


 皮膚が薄い頬の部分。


 ぶつかる寸前に、魔法を発動し、打撃と斬撃の合わせコンボで上司の顔を削る。


 顔を抑えて、悶える上司の首に落ちていた剣を突き刺した。


 再び悶える上司。


 俺が追撃を加えようとしたら声がした。


「俺に任せて!」


 振り返ると、弓使いが矢を放った。


 鋭い矢が上司の手に刺さる。


(……今のタイミングなのか?)


 まぁ、いいや。


 俺は上司の首に深く剣を突き刺し、強引に押し込む。


 上司はひときわ大きく跳ねると、天井に頭をぶつけ、ひっくり返った状態で倒れた。


 そのまま、痙攣して動かなくなる。


 上司の姿が、徐々にカエルと変わっていった。


(こいつはもういいだろう)


 もう一体の上司に目を向ける。


 二人は上司に苦戦していたが、その二人が囮となっているおかげで、上司の背中ががら空きだった。


 だから、そこに向かって、鎌鼬を放つ。


 背中を斬られ、反り返る上司。


 その隙を逃さず、斎藤たちが止めを刺した。


 上司が大きなカエルになり、黒い霧となって消えた。


 訪れる静寂。


 自分で言うことはないかもしれないが、俺がいなかったら、ヤバかったかもしれない。


 しかし、斎藤は俺を見て言った。


「黒魔導士が動き回るのは好きじゃない」


 その言葉を聞き、俺は完全にやる気を失った。


 こいらとは一緒に攻略なんてできない。


 それから五時間ほど攻略を行い、今日の攻略は終わった。


 疲労なんてポーションを飲めば回復できると思ったが、2類冒険者様の言うことなので従うしかない。


 俺はダンジョンから出ると、武器や防具を返却し、そのまま受付に向かった。


 歩きながら、地雷系の彼女の言葉を思い返す。


『ネムには嫌いな人とは仕事をしないというモットーがあるの』


 本当にその通りだと思う。


 嫌いな奴とは仕事をしない方がいい。


 俺は雀の涙ほどの報酬とスキルカードを提示したことによる前回分の報酬を受け取って、さっさと家に帰った。

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