第19話 霞ヶ浦ダンジョン②

 杭打たちを見つけ、前回の苦い記憶が頭を過り、嫌な予感がした。


(前回みたいに、この場を仕切ろうとしないよな?)


 しかし最悪なことに、その予感は的中する。


 出陣式が終わると、早速、杭打が音頭をとった。


「今日の参加者は、三十人くらいだから、基本的には五人組の六パーティーでダンジョンの攻略を進めよう」


「そうですね」


「それがいいです」


「さすが杭打さん!」


 杭打の取り巻きたちは、杭打に対して好意的であったが、他の冒険者たちの顔には困惑の色があった。冷めた視線を送る者までいる。


「それじゃあ、今日の攻略が初めてだという人は――」


 杭打が取り仕切ろうとしたところで、「あの、杭打さん!」と爽やかなイケメンが進み出た。年齢は二十代後半くらいの若い冒険者で、杭打とも面識があるようだ。


「ん? あぁ、吉本君じゃないか。どうした?」


「すみません。ここのダンジョンは、僕たちが攻略を進めていたんで、僕たちのやり方でやらせてもらってもいいですか?」


 吉本さんは物腰の柔らかい口調で言った。内心では面白くないだろうに、大人な対応だと思う。


 しかし杭打は、不快感を滲ませた呆れ顔で返す。


「あのね、吉本君。君はこのダンジョンの攻略にどれだけの時間を使っているんだい? 私が指揮を執れば、三日で終わるようなダンジョンだよ?」


「それは、その」


「まぁ、吉本君が何もしていないとは言わないけれど、ここは私に任せてくれないかな」


「でも」


「吉本君。あまり、余計なことに時間を使わせないでくれよ?」


 杭打の威圧的な態度に、吉本さんがたじろぎ、上司のことを思い出して、俺まで居心地が悪くなる。


 今すぐ杭打をぶん殴って、「あなたの好きなようにやってください!」と吉本さんに言いたいところだ。


 しかし、ただの棒を持っているだけの俺には、どうすることもできない。


 吉本さんのそばに立っていた男が、諭すように肩を叩くと、吉本さんは諦めたように頷いた。


「わかりました。杭打さんにお任せします」


「うむ。それでいい。それじゃあ、今日の攻略が初めてだという人はいるか?」


 吉本さんが下がる。彼の悔しそうな横顔を見て、俺は何とも言えない気持ちになった。自らの非力さが嫌になる。


 杭打は、それぞれの武器を見て、バランスの良い編成を心掛けているようだった。


 そして、俺の『雷の杖』を見て、眉をひそめる。


「君のそれは、何の杖だ?」


「『雷の杖』ですけど」


「おいおい、冗談だろ。そんなものを使ったら、他の人が感電してしまうじゃないか。ちゃんと今回のダンジョンについて調べたのか? 調べていたら、普通、そんな武器を使おうとは思わないけどね」


「……すみません」


「いや、すみませんじゃなくて、武器を変えてほしいんだが?」


「わ、わかりました」


 俺は急いで武器庫代わりのプレハブ小屋に戻るが、扉の前でしばらく動けなかった。


 杭打のせいで、上司のパワハラが蘇り、息が苦しくなる。


 深呼吸を繰り返し、嫌な記憶を脳の奥底へ押し込むことで、何とか心を落ち着かせた。


 しかし今度は、怒りがふつふつと湧いてきて、危うく杖を叩きつけそうになった。壁にぶつかる寸でのところで止め、立てかける。この怒りは、弱いままの自分に対する怒りだった。


 もう一度深呼吸を繰り返し、今度こそ冷静さを取り戻す。


 そして、ため息が出た。


 正論と威圧的な態度で人を動かそうとする杭打のやり方は、上司と一緒だった。


 あんな奴とこれからダンジョンの攻略をするのかと思うと、気が重くなる。


「あいつ、ウザいよね」


 突然声を掛けられて、俺はギョッとする。


 その人物を見て、さらにギョッとする。


 若い女性冒険者だった。


 しかも、いわゆる地雷系と呼ばれるメイクをして、ゴスロリめいた服を着ていた。


 それが防具なのか、彼女の私服なのかはわからない。


 ただ、彼女が剣を片付けているのを見るに、もしかしたら、そういう防具……なのかもしれない。


「古参だか、ランキング上位者だか、何だか知らないけれど、ああやって、毎回現場を仕切ろうとするから、あいつは、あいつのイエスマン以外には嫌われているの」


「そうなんですね。あ、でも、似たようなことを言っている人がいました」


「でしょ? あ、もしも杖を使いたいなら、このダンジョンは『風の杖』が無難だと思う」


「ありがとうございます」


 俺は『風の杖』を探し、手に取る。


 女性に目を向ける。彼女は武器も持たずに武器庫を出ようとしていた。


「あれ? 帰るんですか?」


「うん。ネムには嫌いな人とは仕事をしないというモットーがあるの。だから、あいつが来た時点で、ネムの今回の攻略は終わり」


「そう、なんですね」


「あなたは、最近、冒険者になった人?」


「はい」


「そっか。どこに住んでいるの? 東京?」


「はい」


「なるほど。なら、もしも『冒険者』という職業を楽しみたいなら、別の地域のダンジョンに参加することを考えた方がいいかも。関東圏はあいつの縄張りになっているから」


「そう、なんですね。ありがとうございます」


「どういたしまして。というか、早く行った方がいいんじゃない?」


「あ、はい」


 俺は『風の杖』を持って、プレハブ小屋を後にした。


(あんな若い女の子も冒険者をしているんだ)


 下手したら高校生かもしれない。それくらいに見えた。


 そして、彼女の言葉を思い出し、足が止まる。


『ネムには嫌いな人とは仕事をしないというモットーがあるの』


 素晴らしいモットーだと思う。


 嫌いな奴と仕事をしたせいで、メンタルがやられてしまった俺には、金言のように感じた。


 それは嫌味とかではなく、真面目に。


 俺は足が止まり、考えてしまう。


 俺も今回の参加は見送ろうか……。


(まぁ、でも、数日我慢すれば、何とかなる……よな?)


 自分にそう言い聞かせ、再び走り出した。

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