第12話 怒り

 突然怒鳴られて、胸が苦しくなった。


 嫌な記憶がフラッシュバックする。理不尽な怒りをぶつけてくる上司の姿を思い出した。


 棍棒を強く握る。狂戦士状態の俺なら、何とかなるかもしれない。しかし、ただの棒と化したそれでは、俺の狂気を引き出すことができなかった。


「あぁん? 何だ急に?」


 弱気な俺とは違い、金髪はガンを飛ばして、杭打を睨んだ。


 剃り込みや小太りたちも加勢し、空気がぴりつく。


 金髪たちに睨まられても、杭打が怯むことなく、毅然とした態度で答えた。


「お前らは、運が良かっただけだ。次も、うまくいくとは思うな」


「俺たちが先に攻略したから、嫉妬でもしてんのか?」


「ふん」と杭打は鼻を鳴らした。


「ランキング10位の俺が、お前らごときに嫉妬するわけないだろ。俺は冒険者の先輩としてお前らに教えてやっているんだ。実際、お前らがちゃんと俺の言うことを聞いていれば、そいつが肩を怪我することもなかっただろう」


 リーゼントが申し訳なさそうに眉尻を下げ、金髪はバツが悪そうに舌打ちした。


「それに、お前らが勝手にダンジョンに入ったから、それで死んだ者もいるんだぞ? その責任の大きさがわかっているのか?」


「あ? 何で俺たちが他人の死んだ理由になるんだよ。死んだのは、そいつが弱いからだろ」


「そう思いたいなら、そう思うがいい。まぁ、お前たちのような遊びの延長でダンジョン攻略をやっている連中にはわからないだろうけどな。うらやましいよ、その無神経さが」


「黙って聞いていたら、好き勝手言いやがって」


 金髪が杭打へ詰め寄ろうとする。しかし、そんな金髪の肩を剃り込みが抑え、首を振った。金髪は舌打ちをして、「大丈夫だ」と剃り込みの手を払い、杭打を睨んだ。


「で? 俺たちに言いたいことはそれだけか?」


「ん。あぁ」


「なら、どっかに行けよ。てめぇらの僻みに付き合ってるほど、俺らも退屈じゃねぇんだわ」


「ふん。減らず口を……。まぁ、いい。俺は忠告したから」


「そいつはどうも」


 杭打たちはぞろぞろと帰っていく。


 その際、「これだから学のない連中は……」とか「生贄のくせに生意気だな」と小馬鹿にするような声が聞こえた。


 見ると、彼らは嘲笑を浮かべていた。


 会社でよく見た光景に、不快感がこみあげてくる。「これだから一般論者は……」と言いたいところだ。


 もしもここがダンジョンなら……と考えてしまう。ここがダンジョンなら、あいつらを殴っていたに違いない。


 でも、ダンジョン外の俺はただの臆病者で、心の中で奴らに対する恨み節を唱えることしかできなかった。


 金髪は、去って行く杭打の背中を眺め、吐き捨てるように言った。


「あいつ、マジでうざいんだよな。ランキング10位だか、なんだか知らねぇけど、お山の大将気取りで仕切りたがる。あいつとだけは一緒に攻略したくない」


「すまねぇ、リョーマ」とリーゼントが眉根をよせる。


「気にすんな。かっちゃんは悪くねぇよ。それより、さっさと治して、また攻略に行こう」


「おぅ!」


 彼らの関係が眩しかった。青春映画の一ページを見ているようで、杭打たちとは違う心苦しさを覚える。


「さぁて、さっさと報酬でも貰って帰りますか」


「そうだな」


 金髪たちが歩き出す。べつに俺は、彼らの仲間ではないので、彼らを見送ってから、報酬を貰いに行こうと思った。


 しかし、金髪が振り返って、言う。


「あんたも一緒に行くか?」


「あ、はい」


 俺は慌てて彼らと歩く。


 誰かと行動するなんて、久しぶりのことだったから、緊張してしまう。


 それでも、悪い気はしなかった。

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