第10話 vs 大上司②
「やばい、これって死ぬやつ」
隣でソフトモヒカンが冷や汗を垂らすが、俺は大上司を観察する。
火薬を利用することで、かなりのダメージを与えることができた。
つまり、今と同じ技をうまく使えば、大上司を倒せるかもしれない。
(どうやって倒す? 急所にでも当てるか)
急所。俺の視線は、自然と大上司の股に向かう。彼の股間には小高い丘ができていた。
「死ねぇぇぇ!」
金髪がここぞとばかりに、背中の傷に剣を刺した。
大上司は苦悶の表情を浮かべ、裏拳を放つ。
金髪はその攻撃を避けるも、剣から手を放してしまったせいで、武器を失ってしまう。
「万事休す……」
大上司は背中に刺さった剣を引き抜き、金髪は引きつった笑みを浮かべる。
このままでは彼が殺されてしまう。
早めに行動しなければ。
「あの、火薬ってまだありますか?」
「あ、ああ」
俺は男から瓶を受け取る。
「俺があいつに近づいたら、何でもいいんで、一瞬だけあいつの気を引くことってできますか?」
「え、あ、その」
「できますか?」
「あ、ああ、できる!」
「なら、任せました!」
俺は大上司に向かって駆け出した。
軽めの火球を大上司に当て、意識を俺に向ける。
大上司まであと10メートル。
そのとき、後方から声が聞こえた。
「おい、でかぶつぅ! これを見ろ!」
――瞬間。閃光が走って、通路が光に包まれた。
(ナイス!)
俺は直接見ていないからそれほど影響はないが、大上司は目を抑えて、狼狽している。
「ぐうおぉぉぉ」
その隙に、俺は大上司の股間に向かって火薬の入った瓶を投げ、炎の杖を股下から振り上げた。
瓶が股間に当たって、瓶を杖で潰す。
瓶が割れ、杖が股間を叩くと同時に火球を放つ。
――瞬間。股間と杖の間で爆発が起きた。
衝撃で手が折れそうになる。
しかし俺は、杖を振りぬき、『爆発+打撃』のダブルコンボで、痛恨すぎる一撃を大上司に与えた。
あまりの衝撃に大上司の体が浮き、杖は途中でへし折れる。
大上司は背中から倒れ、股間を抑えて悶えた。
「ぐお、ぐおぉぉぉ」
まだ死なないのは流石だが、この一撃はかなり効いているようだ。
俺は大上司が持っていた棍棒を握る。
これで頭を叩けば、大上司を倒すことができそうだ。
が、棍棒が想像以上に重く、また、先ほどの衝撃で、腕が痺れてしまい、うまく持ち上げることができない。
「俺に貸せ」
と剃り込みの入った男が、代わりに棍棒を持とうとする。
ただ、彼もダメージの関係か、棍棒を持ち上げることができなかった。
だから二人で棍棒を持ち上げ、大上司の頭に振り下ろした。
何度も何度も振り下ろした。
振り下ろすたびに鈍い音がして、大上司の頭が潰れていく。
――そして、顔のない死体だけがそこに残った。
呆気ない最期に、俺は拍子抜けしてしまう。
「終わったんですか?」
「ああ、多分、そのはず。ほら、見ろ」
俺の前に光に包まれた四角形の何が現れた。
剃り込みに促され、手に取る。
それは、カードだった。
ムキムキのモンスターが描かれていて、説明欄みたいなところに、『腕力プラス』と書いてあった。
「これはもしかして」
「スキルカードだ。そいつがあると、次のダンジョンからそのスキルが使える」
「なるほど」
講習のときに話は聞いた。
しかし、自分がヌシを倒せると思っていなかったから、スキルカードを手に入れたことが意外だった。
「これは、私がもらってもいいんでしょうか?」
「当たり前だ。今回のMVPは、あんただからな」
「……ありがとうございます」
見た目こそヤンチャだが、根は良い人みたいだ。
改めてスキルカードを確認する。『腕力プラス』。棍棒を使う俺には、相性の良いスキルかもしれない。
スキルカードは再び光の粒子となって、俺の中に流れ込んだ。
「そろそろ、ここも消える!」とソフトモヒカンが言った。「早めにポーションを飲まないと」
ダンジョンの外に出たら、ポーションは使い物にならなくなる。
だから、体力を回復したいなら、今のうちに飲む必要がある。
「大丈夫か、かっちゃん」
槍で右肩を刺された男も、金髪にポーションを飲ませてもらっている。
大怪我のように見えるが、ポーションを飲むと、治るのかもしれない。
俺もポーションを取り出して、飲もうとした。
しかし、手が痺れて、ポケットの中の小瓶をぶちまけてしまった。
何とか1個だけ拾い、歯を使って蓋を開ける。
ポーションを口に流し込むと、手の痺れも消えていった。
洞窟が光の粒子となって、天に昇り始める。
大上司もゴブリンから光の粒となって消えていく。
よくわからないが、これがダンジョンを攻略した際の景色なのだろう。
目の前の景色も遠くなり――気づいたら、高尾山の中腹に戻っていた。
大きなスポットライトが辺りを囲み、俺以外の冒険者の姿もある。
岩壁を見ると、ダンジョンの入口は閉じられていた。
冒険者や自衛隊のどよめきが起き、「怪我人がいるぞ!」とひっ迫した声が飛び交う。
俺は夜空を見上げた。
ダンジョンの攻略成功時、生きていたらこの世界に戻れるらしい。
そして、俺は生きていた。
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