第6話 一般論者
この世界には、『一般論』という表の世界で支配的な概念が存在し、『一般論』を妄信する『一般論者』が多数存在する。
彼らは、一般論を唱えることで自身の言動を正当化し、また、一般論の枠組みの中で他者をコントロールしようとする。
一般論を振りかざせば、誰もが言うことを聞くと信じ、一般論を享受できない者は、異端と決めつけ、排斥しようとする。
彼らにとって大事なのは『一般論』であり、上辺では多様性を謳いながら、他人の個性と向き合おうとしない、そんな連中だった。
そして、俺の人生は彼らによってめちゃくちゃにされた。
だからそんな世界に絶望し、俺はこの場所に来た。
それなのに、一般論者のせいで、この世界でも絶望を味わうことになりそうだ。
(殺してしまおうか)
ダンジョン内で殺せば、殺人もバレない。ダンジョン外のアイテム、例えばカメラやスマホなんかは、ダンジョンでは使い物にならないからだ。
そして、ダンジョンを攻略した時、生きている人間しか、ダンジョンの外に戻れないから、死体も残らない。
つまり、俺が殺した事実は、ダンジョンとともに消滅する。
棍棒を握りなそうとしたところで、「そこの君は、高橋君と同じパーティーに入ってくれ」と言われた。
「あ、はい」
殺意は潮のように引き、冷静さを取り戻す。
(危ない。落ち着け、俺)
判断を早まるところだった。ここで彼らを殺したところで、何の得にもならない。
それに、彼らと行動するのも、悪いことばかりではないように思う。
俺はダンジョン攻略が初めてだから、彼らとともに行動することで、ダンジョン攻略のノウハウを学べるかもしれない。
(というか、そうじゃないと困る)
ストレスが溜まるだけなら、会社で働いていた時と何も変わらない。一緒に行動するだけの価値があることを願った。
高橋はベンチャーとかにいそうな体育会系のビジネスマンめいた風貌の男だった。
「いいか! このパーティーでは、俺の言うことが絶対だからな!」
そこはかとなく漂うパワハラ臭に、俺は嫌悪感を抱く。おそらく性格の相性が悪いので、この男と一緒に行動しても、ろくなことにはならない。
(いや、そんなことはないはずだ。きっと、何か学ぶことがあるはず)
そう言い聞かせ、軽く自己紹介をした後に、ダンジョン攻略を始める。
しばらく進んでいると、ゴブリンの群れに遭遇した。
彼らは広場みたいなところに集まり、辺りを警戒している。通路の陰に身を潜めた俺たちに気づいていない様子だった。
(きた!)
再び、上司を殴れるチャンス。俺は意気揚々と棍棒を握ろうとしたが、「待て」と高橋が囁く。
「できるだけ戦闘は避けよう。さっき来た道を戻って、別の道を使うんだ」
高橋は来た道を戻る。他のメンバーも彼に従った。俺はゴブリンと高橋の背中を交互に見やり、高橋の言葉に従う。彼の言う通り、無駄な戦闘は避けた方がいい。ただ、やり場のない殺意は俺の中に残った。
それからも戦闘は避けて、ダンジョンを進んだ。ゴブリンの群れを過ぎるたびに、不満が溜まっていく。
そして、「あの、あれを見てください」とメンバーの一人がある物を指さした。
そこにあったのは『宝箱』だった。
(へぇ。宝箱とかあるんだ)
俺は素直に感心した。宝箱の存在は知っていたが、実物を見ると、テンションが上がる。
「よし、開けてみよう。ただ、気を抜くなよ。ミミックかもしれないし、何か罠があるかもしれない」
高橋を筆頭に、ダンジョン攻略に慣れている冒険者たちが慎重に宝箱へ近づく。
高橋が剣を構えた状態で宝箱のそばに立ち、佐藤という冒険者が横から宝箱に手をかける。
高橋が目で合図して、佐藤が宝箱を開けた。
とくに何も起きず、高橋は宝箱の中から一メートルくらいの杖を取り出す。杖先に赤い宝石が埋め込まれていた。
「こいつは『炎の杖』だな。火球が撃てるようになる」
高橋は杖に彫られた名前を確認する。
「珍しいんですか?」と佐藤。
「そうでもない。どのダンジョンでも、一個は見つかるようなアイテムだ。正直、こういう黒魔法系の武器は、使える奴が限られるから、あんまりうれしくないんだよな」
高橋は炎の杖を「はい」と俺に差し出した。
「えっと」
「こういうのは新人が持つのが決まりだから、君が持ってて」
「……わかりました」
俺は炎の杖を受け取る。
と同時に、このパーティーから抜けることを決意した。
下っ端を雑用係と考えている高橋は『一般論者』に違いない。
だから、この先一緒に行動しても、ストレスしか得るものはないだろう。
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