第5話 不穏な空気

「お、おい! そいつはもう死んでいるぞ!」


 声を掛けられて、我に返る。足元を見ると、ゴブリンの死骸が転がっていて、顔の原型をとどめていなかった。


「あ、すみません」


 俺は棍棒を構え、次の相手を探す。しかし、殴りたい相手はいなかった。ゴブリンは全滅し、冒険者だけが残っている。


「大丈夫か?」


 声を掛けてきたのは、頭の先からつま先まで銀色の鎧を装備した男だった。ダンジョンじゃなかったら、不審者にしか見えない。


「はい、大丈夫です」


「そうか。なら、いいが……。君は、ゴブリンに対し、強い恨みでもあるのかい?」


「いや、ないですけど」


「そうか。私は冒険者になる前は、警察の仕事をやっていてね。それで、強い恨みによって、惨たらしく殺された遺体をたくさん見てきたんだ」


「……なるほど」


 ゴブリンに恨みはないが、恨みたい相手はたくさんいる。しかしそんなことを言えば、面倒になることが容易に想像できたので、余計なことは言わず、棍棒を下した。


 改めて辺りを確認する。生き残っている冒険者は30人ほどだった。何人かは、床に転がったまま動かない。


「楽勝だったな」とヤンチャそうな5人組が笑うと、「油断するな!」と全身鎧男が怒鳴った。


「ああん? 何だおっさん?」


「私はこう見えて、5年は冒険者をやっている。だから、君たちみたいにダンジョンを舐めて、命を落とした者をたくさん見てきた」


「うざっ。俺たちだって、何度もダンジョンを攻略してるわ」


「面倒くさそうだし、さっさと行こうぜ」


「そうだなー」


「こらっ! ダンジョンでは連携が必要なんだぞ!」


 ヤンチャそうな男たちは鎧男を無視して、ダンジョンの奥へと進んでいった。


「これだから最近の若い奴は」と鎧男がぶつくさ文句を言っている。


「どうしますか、杭打さん」と鎧男の周りに冒険者が集まる。全員で8人くらいか。第一陣は有象無象の集まりかと思ったが、ちゃんとパーティーを組んで、攻略に挑む冒険者もいるようだ。


「そうだなぁ。あの馬鹿どもが、先走ったせいでちゃんとパーティーを組めなかったから、パーティーを組みなおそうか。おい、君たち!」と男は冒険者の顔を見回す。「今回が初めての攻略だという者はどれくらいいる?」


 何人かが手を挙げたので、俺も一応手を挙げる。


「ふむ。それじゃあ、5人組の構成で5つのパーティーにしようか」


 男の勝手な提案に、心がざわついた。俺は一人で攻略がしたい。誰かと一緒なんて御免だ。


「あの、俺たちは俺たちでパーティー組むんで」と若い3人組が言った。


「君たちは今回が初めてなんだろう?」


「はい。まぁ、でも、冒険者の育成学校を出て、『2級』の資格を持っています」


「何もわかってないな。君たちはこうなりたいのか?」


 男は死んでいる冒険者を指さした。


 若い冒険者たちは目を伏せ、できるだけ死体を見ないようにして、言った。


「いや、そんなことはないですけど」


「そうだろう。なら、私の言うことを黙って聞けばいい。いるんだよな、君たちみたいな遊び気分でダンジョンに来る奴が。いいか? ここは遊びで来るような場所じゃないんだぞ」


 説教じみた男の言葉に、俺は胸が苦しくなった。嫌いだった上司のことを思い出す。さっき、たくさん殴ったはずなのに、再びあの男の影がちらつく。


「杭打さんはあなた方のことを思って言っているんですよ」と隣にいた男は言う。「杭打さんは、冒険者としての歴が長く、ランキング10位のトップランカーなんです。だから、彼の言うことを聞けば、間違いないです」


「……わかりました」


 若い冒険者たちは不満げだったが、ランキングを出されたら反論できない。ランキングとは、ギルドが定めた基準に基づき、冒険者を評価したある種の指標のことだ。優秀な成績を出すほど、ランキングは上がり、今、日本には冒険者が約1000人いると言われているが、その中で10位なのだから、彼は冒険者としては大物なのだろう。


 しかし俺は、この男とだけは絶対に冒険をしたくないと思った。


 この男は、間違いなく『一般論者』だからだ。

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