第二章 03 紅茶の騎士に遭遇

 アイリスに魔道具を依頼してひと月、あれもこれもとたくさんの設定を詰め込んでくれている。まだ手をかけたいらしく、ものすごい一品になりそうだ。

 今まで欲しい物などなかったセレーネはお小遣いが余っている。しかし、アイリスが作るすばらしい魔道具が、セレーネのお小遣いで足りるのだろうか。


(魔合金は少量でもかなりの値段になるはず)


 不安になり考えをめぐらせる。そこで、この世界に万屋ギルドがあることを思い出した。ちょうど明日からは夏休み。


「狩りで稼ぐしかないわ!」


 令嬢はお金を稼いだりしない。バレないようにひとりでできることと言えば、魔獣を狩ってお金に換えることぐらいだ。


 シリウス家のローブはさすがに目立つ。よくあるフード付きマントを目深まぶかに被り、修行時代に着ていたシャツに革のビスチェと、ズボンにブーツで臨む。手にした武器は、入学祝いに祖母から贈られた黒い扇子だ。

 ただの扇子ではない。令嬢が持つものよりもひとまわり大きく、扇骨は黒壇こくたん、扇面は黒のレースで仕上げており、レースにはこれでもかと魔法古語で補助魔法が刺繍され、羽のように軽い。


 万屋ギルドは学園の目と鼻の先。成人済みのセレーネは問題なくギルドに登録できた。渡されたギルドチップに魔力を流すだけで、本名や年齢が登録されるのにはドキドキしたが、受付の少女は名前を確認してにっこりと笑った。


「ああ、シリウス家の方ですね。お世話になってまーす!」

「えっ? うちの者でほかにも登録者が?」

「わたしが直接知ってるのは先代の公爵ご夫妻だけですが、その前にも登録はあったみたいですよ?」


 先代ということはセレーネの祖父母だ。受付の少女は貴族相手にも物怖じせず、明るく案内を続ける。ネームプレートにはリラと刻まれていた。


「魔獣討伐なら右手側の掲示板にお進みくださーい」

「わかったわ、ありがとう。リラ」

「はーい、お気をつけて~」


 掲示板からお金になりそうな討伐依頼を引き抜く。シリウス家では厳しい訓練はしても、実戦までは行わない。だからこれがセレーネの実戦デビューだ。


 王都から出て北にある湿った森。ここから迷い出る魔獣の被害が、近隣の村に集中しているようだ。手始めに三件ほど引き抜いて、ギルドの転移魔法陣から王都の北門へ転移した。そこからは徒歩でも行ける。


(でも面倒だし、土馬で行きましょう)


 土魔法で馬を作り上げる。粘土でできているから、振動も少なく腰を痛めない。これはシリウス家の初代から踏襲しゅうとうしてきた魔法で、唯一父から教えてもらった魔法だ。普段の父は外交で手いっぱい。母はセレーネに無関心。そんななか、祖父と祖母だけがセレーネに根気よく接してくれた。


(あのふたりがギルドに登録していたなんて、びっくりだわ。変な気分……)


 祖父母はセレーネの憧れだ。ふたりのように、いつかセレーネも夫婦で狩りに出かけられたらいいと思う。そんな思いから浮かび上がるのは怜央の顔だ。


(怜央とはいつ会えるのかしら)


 月の女神シンシアは、運命の女神にお願いしてくれると言っていた。信じて待つしかない。


 村へはすぐに着いた。依頼書にある地図を頼りに、被害が報告されている畑へ進む。依頼内容は一角ハクビの駆除。鼻の白いタヌキの額に、角がある魔獣だ。

 探すまでもなく、一角ハクビは群れを成して畑を蹂躙じゅうりんしていた。


「うわぁ、これはヒドイ」


 作物の根っこまで掘り返して糞尿をまき散らし、さらには隣の畑を囲む柵を、鋭い角で突き破ろうとしている。

 ここまで荒らされているなら、畑のことは気にせず一気に片づけても差し支えないだろう。閉じた黒扇子を上段にかまえ、軽く雷魔法をまとわせる。畑にいる魔獣を一網打尽にするべく、見渡すかぎりに魔力の範囲を広げて扇子を振り下ろした。雷が魔獣の角に直撃し、魔核に到達したのか、次々にパリンと割れる音がする。

 隣の柵に貼りついていた数匹を取り逃してしまい、土壁で行く手をふさぐ。追い詰めたところへ容赦なく雷の追撃をくだした。


「ふぅ……、これで全部ね」


 一角ハクビは繁殖力が高く、一匹でも取り逃がせば元の木阿弥だ。火魔法で焼くと売り物にならないからと雷を使ったのだが、威力が強すぎたらしい。どの魔獣からも焦げた臭いがする。


「失敗したわ。魔力をもっと絞らないと、以前と同じ力でやったらだめなのね」


 フュージョン後のセレーネは、体感として魔力が今までの二倍に増えている。

 一角ハクビは、角もさることながら毛皮が高く売れると聞いた。なのに半数はだめかもしれない。さらに問題なのは――


(――どうやって処理すればいいのかしら?)


 狩り初心者のセレーネは、倒したあとのことなどまったく考えていなかった。魔獣を処理するナイフはおろか、どうやって持ち帰ればいいのかもわからない。とりあえず風魔法で一カ所に寄せ集めてみるも、なんの解決にもなっていない。


(そうだ、空間魔法を使えばいいわ!)


 空中に扇子で空間魔法陣を描く。女神の領域につながっているとされており、この魔法陣にこたえてくれる女神がいなければ、この魔法は使えない。その点セレーネは昔から空間魔法が使えていた。

 おそるおそる一角ハクビをつまみ上げ、いつものように魔法陣の中心に押しつける。スルリと沈み込んだかに見えた一角ハクビは、弾みをつけてセレーネの膝上に投げ出された。


「ひぃっ⁉ な、なんで⁉」


 一角ハクビの死体を押しのけて後ずさる。

 セレーネの頭の中に、女性の声が降りてきた。


『セレーネ、聞こえますか? 私の空間に不浄のものは入れられません』

「その声は、女神シンシア⁉」

『そうです。あなたの空間魔法陣は私の空間とつながっています。埃をかぶった古書などは許容範囲ギリギリですが、魔獣はだめですよ』

「そんなぁ……」


 ではこの大量の魔獣をどうしろというのか。土魔法で荷馬車を作り出して運ぶことはできなくもないが、あまりに目立ちすぎる。公爵令嬢がお金欲しさに魔獣狩りだなんて、知られるわけにはいかない。


「どうすればいいの――⁉」


 思わず叫ぶと、またもや上から声が降ってきた。


「おわっ⁉ 派手にやったなぁ」


 しかしそれは、女神ではなく男性の声だった。おどろいて勢いよく見上げてしまい、フードが外れる。あっと気づいて押さえたが、どうやら遅かったようだ。


「君は……シリウス公爵令嬢⁉ どうしてこんな所に……」

「あ、あなたこそ、ここで何をしているの?」


 語気を強める。相手は辺境伯の令息だ。こちらのほうが家格は高い。ゆえに、質問に答えるのは令息のほうだ。


「僕……私は、レグルス辺境伯家のレオネルと申します。ここへはギルドの依頼を受けて参りました。……と言っても一角ハクビではなく、この向こうの森ですが」

「そう……。ねぇあなた、この一角ハクビ、どうしたらお金になるかしら?」

「――は? お金?」


 公爵令嬢がなぜと顔に書いてある。やはりまずかったか。相手の口が軽ければ、明日には噂が広まってしまう。

 ごまかさなければと考えているうちに、レオネルは懐からナイフを取り出した。セレーネは思わず身構える。


「ああ、失礼。一角ハクビは角をこう切り取って……、皮はこのように……」


 目の前で実践してくれるのはいいが、セレーネには刺激が強すぎた。うっと嘔吐えずいて顔をそむける。そんなセレーネに何を思ったのか、レオネルが吹き出した。


「ブフッ、そんなんでよく依頼を受けましたね。ぷっくく……」

「悪かったわね!!」


 笑うレオネルの顔は、食堂で見たようなキザったらしさもなく、好青年そのものだ。思わず見とれてしまい、鑑定眼が発動する。

 浮かび上がった球体たちに目をいた。魔力ゲージの数値がとてつもなく高い。そのうえ洞察力や知力も高く、カリスマ性も備えている。ほかの能力もバランスがいい。


(これはモテるはずだわ)


 ふいにピンク色の球体が目に入る。けれど、勝手に想い人をのぞくことに罪悪感を抱き、誰かの顔が映し出される前に目をそらした。


 所在なく土をねるセレーネの隣で、レオネルは黙々と一角ハクビを処理していく。グロテスクな解体現場を見せないように、大きな背中で隠している。その気遣いがこそばゆくて、背中越しに見つめてしまい、またも球体が浮かび上がった。


 ふと目に入ったのは“構成するもの”。辺境伯夫妻とともに、第三者の影が浮かんだ。

(はっ、これはロザリン様のときと同じ……?)


 ジッと見つめると影はさらに形を成していき、セレーネがよく知る男性の顔と名前が映し出された。もっと正確に言うならば、月衣のよく知る男性だ。


(怜央⁉ なんで……?)


 目の前にいるレオネルは一学年上だ。女神にかかれば転生させる年齢など関係ないのだろうか。しかも不思議なのは“構成するもの”として球体に入っていることだ。生物学的にありえない。


(どうなっているの⁉)

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