第二章 02 不可思議な少女ロザリン
Eクラスの教室に着き、そっと中を
「あなたみたいな平民が王太子殿下の婚約者だなんて、身の程を知りなさい!」
「そうよ! 今すぐ辞退して、セレーネ様に
「セレーネ様は、それはそれは怒ってらっしゃったわ。わたしたちの言葉はセレーネ様のお言葉よ!!」
「――誰の、お言葉ですって?」
気配をあらわすと同時に殺気立つ。セレーネに
「あなた、たしかドゥーベ伯爵家の令嬢ね。わたくしの名を
「ひっ、お許しください!! もう二度といたしませんわ!」
勘違いも
「二度と……ですって? 一度たりともあってはならないの。各家にはシリウス家から抗議いたします」
「「そ、そんな……」」
「さて、もう用はないわ。――お行きなさい!」
「「ヒッ⁉」」
闇色に染まったセレーネの瞳を間近で見てしまい、悲鳴を飲み込んだ令嬢たちは
「ロザリン様、こうしてお話するのは初めてね?」
「え? あっはい」
「誤解を解いておきたいの。わたくしは誰かに指示していじめるようなことはしないわ。言いたいことは直接本人に伝えます」
話ながらゆっくりと近づいて、鑑定眼でジッと見る。浮かび上がった魔力ゲージの数値が異様に高い。これは今のセレーネと同じか、それ以上かもしれない。次いで目についた大きな珠は“カリスマ性”だ。同じくらい大きな
“構成するもの”に映る両親は普通の平民に見える。グレーがかっているのは、もうこの世にはいないということか。
ん? とセレーネは目を凝らす。その球体には三人目の影があった。姿は不明瞭だが、名前の欄に『愛の女神の半身』と表示されている。
(ロザリン様も女神の愛し子なの?)
それなら魔力が高いのも頷ける。
「あなた……、生まれたときに石を持っていた?」
「石? いいえ?」
ロザリンの様子からして嘘はついていない。孤児院育ちのロザリンには知らされていない可能性だってある。気になるけれど今は、セレーネ自身の掃除をするのが先決だ。
「そう……。ところであなたはどうしたいの? 王妃になりたいのなら、しっかりと勉強しなければならないわ」
「いえ! 王妃なんて興味ありません。ロザリンはみんなと仲良くしたいだけです」
いい笑顔で返されて、返答に困ってしまう。どこから突っ込めばいいのか。いや、正直言ってもう関わりたくはない。
「では、気持ちが変わったら教えてちょうだい。勉強くらいなら教えられるわ」
「えっ⁉ じゃあ、ロザリンとセレーネ様はお友達ということですねっ⁉」
「――はい?」
どういう思考回路であれば、その答えにたどり着くのか。余計なことを言うのではなかったと後悔してももう遅い。
「そうだっ! 一緒にお昼ご飯を食べましょう?」
「なっ⁉ いや……ちょっと!」
腕に手を絡ませられ、
「なっ、何をしているの⁉」
「うれしいときは踊るんですよぉ?」
「はあぁ? ちょっと、普通に歩いてちょうだい!」
「えへへっ」
(ああ、これは手強いわ……)
回転しつつも後ろ歩きのまま連れて行かれた食堂で、案の定アーサーやダルシャン、ブレイズに囲まれて食事を取るはめになった。ロザリンを中心として右手にアーサー、左手にセレーネ、向かいにダルシャンとブレイズが座る。
王太子には専用のサロンも用意されているというのに、ロザリンのせいで皆が食堂に集まるのだ。混雑して仕方がない。
一学年上のブレイズはお昼しかロザリンと会えないらしく、最初からセレーネにキャンキャン吠えてうるさい。こっちは回転疲れが残っているというのに。
「ロザリン、脅されているのか⁉ 卑怯だぞ、セレーネ嬢!!」
「ミルザム子爵令息、あなたに名前を呼ぶ許可は与えていないわ」
「――くっ、悪役令嬢の隣だなんて。ロザリン、危険だ。こちらへ」
「ロザリンはセレーネ様と食べるの! えへへ。初めて女の子の友達ができたわっ」
「「とっ、友達⁉」」
男子どもがおののく。今まで“いじめの総本山”としてこわがっていた悪役令嬢を、友達と言ったのだ。おどろくのも無理はない。セレーネは
黙々と食べ進めていると、食堂の入口がにわかに騒がしくなった。セレーネが振り返るよりも前にロザリンが立ち上がり、「お兄様!」と声をあげて人混みに駆け寄っていく。
(あれは……)
女子生徒たちを騒がせているのは三年生の男子生徒ふたり。通称『紅茶の騎士』たち。名前の由来は騎士科に通っていて、ふたりはそれぞれ紅茶色とミルクティ色の髪をしているから。
紅茶色のほうは、ロザリンを引き取ったアルドラ男爵家の長男ラルフ。爵位の低さをものともしない人気は、凛とした美しさのせいだけではない。学年では必ず一番か二番になるほど頭脳明晰だ。さらには硬派で女性を寄せつけず、その冷たさが紅茶色の赤毛とミスマッチで魅力的らしい。
もうひとりは『恋多き貴公子』として有名なレグルス辺境伯令息レオネル。来る者拒まずで、女生徒から女教師まで取っかえ引っかえ――つまりは女たらしだ。
騎士としての腕は圧倒的な強さ。甘さ漂うミルクティ色の髪は、伸ばしている途中なのかハーフアップにしている。ラルフ同様、三年の学力トップ争いは毎回このふたりの勝負だ。
(紅茶の騎士ねぇ……)
たしかに、セレーネから見ても美味しそうな髪色だ。鍛えられた体に
(でも今は……)
ロザリンの興味がそれたのをこれ幸いと、セレーネは地獄の昼食会から抜け出した。
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