第二章 02 不可思議な少女ロザリン

 Eクラスの教室に着き、そっと中をうかがう。ほとんどの生徒は食堂などへ向かって行ったが、一部の生徒が部屋の隅に集まっていた。四人の女子生徒たちで、ひとりを囲んでいる。セレーネは気配を消し、声が聞こえる距離までそっと近づく。


「あなたみたいな平民が王太子殿下の婚約者だなんて、身の程を知りなさい!」

「そうよ! 今すぐ辞退して、セレーネ様にびるのよ!」

「セレーネ様は、それはそれは怒ってらっしゃったわ。わたしたちの言葉はセレーネ様のお言葉よ!!」

「――誰の、お言葉ですって?」


 気配をあらわすと同時に殺気立つ。セレーネに気圧けおされて、女子生徒たちは腰を抜かした。四人のうち、『セレーネの言葉』だと言った令嬢は、おでこ全開でカチューシャをしている。物語の中で暗躍する令嬢のひとりだ。


「あなた、たしかドゥーベ伯爵家の令嬢ね。わたくしの名をかたった罪は重いわよ」

「ひっ、お許しください!! もう二度といたしませんわ!」


 勘違いもはなはだしいと、セレーネは令嬢たちに顔を寄せる。


「二度と……ですって? 一度たりともあってはならないの。各家にはシリウス家から抗議いたします」

「「そ、そんな……」」

「さて、もう用はないわ。――お行きなさい!」

「「ヒッ⁉」」


 闇色に染まったセレーネの瞳を間近で見てしまい、悲鳴を飲み込んだ令嬢たちはうのていで教室から出て行く。ひとり残されたロザリンは、ポカンとした表情でセレーネを見つめていた。翡翠の瞳に恐怖の色はない。肝は据わっているようだ。


「ロザリン様、こうしてお話するのは初めてね?」

「え? あっはい」

「誤解を解いておきたいの。わたくしは誰かに指示していじめるようなことはしないわ。言いたいことは直接本人に伝えます」


 話ながらゆっくりと近づいて、鑑定眼でジッと見る。浮かび上がった魔力ゲージの数値が異様に高い。これは今のセレーネと同じか、それ以上かもしれない。次いで目についた大きな珠は“カリスマ性”だ。同じくらい大きなピンク色想い人の球体もあるが、それにはれたくない。


“構成するもの”に映る両親は普通の平民に見える。グレーがかっているのは、もうこの世にはいないということか。

 ん? とセレーネは目を凝らす。その球体には三人目の影があった。姿は不明瞭だが、名前の欄に『愛の女神の半身』と表示されている。


(ロザリン様も女神の愛し子なの?)

 それなら魔力が高いのも頷ける。


「あなた……、生まれたときに石を持っていた?」

「石? いいえ?」


 ロザリンの様子からして嘘はついていない。孤児院育ちのロザリンには知らされていない可能性だってある。気になるけれど今は、セレーネ自身の掃除をするのが先決だ。


「そう……。ところであなたはどうしたいの? 王妃になりたいのなら、しっかりと勉強しなければならないわ」

「いえ! 王妃なんて興味ありません。ロザリンはみんなと仲良くしたいだけです」


 いい笑顔で返されて、返答に困ってしまう。どこから突っ込めばいいのか。いや、正直言ってもう関わりたくはない。


「では、気持ちが変わったら教えてちょうだい。勉強くらいなら教えられるわ」

「えっ⁉ じゃあ、ロザリンとセレーネ様はお友達ということですねっ⁉」

「――はい?」


 どういう思考回路であれば、その答えにたどり着くのか。余計なことを言うのではなかったと後悔してももう遅い。


「そうだっ! 一緒にお昼ご飯を食べましょう?」

「なっ⁉ いや……ちょっと!」


 腕に手を絡ませられ、否応いやおうなしに引きずられていく。せめて前を向かせてほしい。そう思ったのも束の間、ロザリンは廊下でクルリと回転しては進み、またクルリとまわる。一緒に回転させられるほうは、たまったものじゃない。


「なっ、何をしているの⁉」

「うれしいときは踊るんですよぉ?」

「はあぁ? ちょっと、普通に歩いてちょうだい!」

「えへへっ」


(ああ、これは手強いわ……)

 回転しつつも後ろ歩きのまま連れて行かれた食堂で、案の定アーサーやダルシャン、ブレイズに囲まれて食事を取るはめになった。ロザリンを中心として右手にアーサー、左手にセレーネ、向かいにダルシャンとブレイズが座る。あまった男子生徒は恨めしそうに近くのテーブルからこちらを見ている。


 王太子には専用のサロンも用意されているというのに、ロザリンのせいで皆が食堂に集まるのだ。混雑して仕方がない。

 一学年上のブレイズはお昼しかロザリンと会えないらしく、最初からセレーネにキャンキャン吠えてうるさい。こっちは回転疲れが残っているというのに。


「ロザリン、脅されているのか⁉ 卑怯だぞ、セレーネ嬢!!」

「ミルザム子爵令息、あなたに名前を呼ぶ許可は与えていないわ」

「――くっ、悪役令嬢の隣だなんて。ロザリン、危険だ。こちらへ」

「ロザリンはセレーネ様と食べるの! えへへ。初めて女の子の友達ができたわっ」

「「とっ、友達⁉」」


 男子どもがおののく。今まで“いじめの総本山”としてこわがっていた悪役令嬢を、友達と言ったのだ。おどろくのも無理はない。セレーネは諦観ていかんさとりをひらき、無心で食べることに専念した。


 黙々と食べ進めていると、食堂の入口がにわかに騒がしくなった。セレーネが振り返るよりも前にロザリンが立ち上がり、「お兄様!」と声をあげて人混みに駆け寄っていく。


(あれは……)


 女子生徒たちを騒がせているのは三年生の男子生徒ふたり。通称『紅茶の騎士』たち。名前の由来は騎士科に通っていて、ふたりはそれぞれ紅茶色とミルクティ色の髪をしているから。


 紅茶色のほうは、ロザリンを引き取ったアルドラ男爵家の長男ラルフ。爵位の低さをものともしない人気は、凛とした美しさのせいだけではない。学年では必ず一番か二番になるほど頭脳明晰だ。さらには硬派で女性を寄せつけず、その冷たさが紅茶色の赤毛とミスマッチで魅力的らしい。


 もうひとりは『恋多き貴公子』として有名なレグルス辺境伯令息レオネル。来る者拒まずで、女生徒から女教師まで取っかえ引っかえ――つまりは女たらしだ。

 騎士としての腕は圧倒的な強さ。甘さ漂うミルクティ色の髪は、伸ばしている途中なのかハーフアップにしている。ラルフ同様、三年の学力トップ争いは毎回このふたりの勝負だ。


(紅茶の騎士ねぇ……)


 たしかに、セレーネから見ても美味しそうな髪色だ。鍛えられた体に精悍せいかんな顔立ちも興味をそそられる。感情が働くようになった今、女子生徒たちの気持ちもよくわかる。女たらしは論外だが、鑑賞する分には問題ない。


(でも今は……)


 ロザリンの興味がそれたのをこれ幸いと、セレーネは地獄の昼食会から抜け出した。

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