第二章 01 王太子のお気に入り
休み明けの学園は異様な雰囲気に包まれていた。セレーネが笑うようになったのは、王太子に婚約破棄を言い渡されて乱心したせいだ――そんな噂はすぐに次の噂に塗り替えられた。
「聞いたか? 王太子殿下の婚約者がふたりになったって」
「どっちが正室になるんだろうな?」
こんな噂が立ったのも、王家内で意見がふたつに割れたためだ。今朝方、父ステファンが寄こした手紙によると、婚約を解消しようとした国王とステファンの前に、王妃があらわれてこう言った。
『あなたたち、王妃をなんだと思っているの⁉ いくら魔力が高くても、愚か者に公務は務まらなくてよ!!』
これによりセレーネとの婚約は継続。ロザリンが王妃のお眼鏡に
ちなみに、現段階ではどれをとってもセレーネが圧勝しており、王妃教育はすでに終了している。素行に至ってはロザリンの場合マイナススタートだ。たくさんの男子生徒を
Aクラスの教室に入ってすぐ、王太子アーサーがツカツカとこちらにやって来た。思わず逃げようとしたセレーネだったが、ふと悪知恵が働く。
(そうだわ。鑑定眼の練習をしましょう)
アーサーをジッと見つめる。すると彼のまわりに、いくつもの球体があらわれた。アーサーの名前の下には、体力ゲージと魔力ゲージまで表示されている。魔力の数値はさすが王族といったところか。
それぞれの球体には名前があり、知力・俊敏性・洞察力など
色でも分けられ、ピンク色の球体は“想い人”とある。まじまじと見てしまい、ロザリンのキメ顔がデカデカと、そしてセレーネの笑った顔が小さく映し出された。
(なぜ、わたくしの顔まで⁉)
オレンジ色の“構成するもの”という球には両親の名前と顔が表示され、ちゃんと国王と王妃の子どもであると、いらない情報が確認できた。
(ん? この小さな緑色の球は何?)
野球ボールほどの球をジッと見つめると、“人望”と書いてある。これは王太子としていかがなものか。
アーサーの声で現実に引き戻された。
「セレーネ、大変なことになった!」
「……ええ、面倒なことになりましたわね」
「そういうわけで、ロザリンの指導を頼みたい」
「どういうわけか知りませんが、お断りしますわ」
断られるとは夢にも思わなかったのだろう。アーサーは呆然とした顔で固まった。その横を通り抜けてさっさと席に着く。
今までのセレーネなら頼み事は断らなかった。理不尽と感じることもなく、できるかできないかだけで判断し、できることはすべて引き受けてきた。それはアーサーのためにならないと、今ならわかる。
我に返ったアーサーは、セレーネの席までやって来て心配そうな顔をする。
「どうしたんだ、セレーネ。今まではなんでも引き受けてくれたじゃないか」
「それが間違いだと気づいたのです」
一緒にやって来たダルシャンが口を挟む。
「セレーネ嬢、嫉妬は見苦しいぞ。愛は与えるものだ。君は一度でも殿下に愛を与えたことがあるのか?」
セレーネたちはまだ十六か十七歳だ。愛を語るには早すぎないだろうか。三十二歳までの前世を持つセレーネだって、愛の本質など理解していないというのに。
「ダルシャン様、あなたは婚約者に与えるべき愛を、ロザリン様に与えているようですわね。アイリス様のことはどうお考えなのですか?」
「――あ、アイリスのことももちろん好いている! ただ、ロザリンへの気持ちは愛なんだ!」
聞かなければよかったと後悔した。同じ穴の
ダルシャンの答えにアーサーも頷く。
「私もロザリンを愛しているが、セレーネのことも気に入っている。特にあの笑顔は美しかった。いつも笑っていてくれ、私のために!」
毛穴という毛穴が総毛立つ。セレーネは決意した。王太子の前ではもう二度と笑うまいと。彼らの言い分を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。まだ愛を語りたそうなふたりに、別の話題を振った。
「だいたい、わたくしがロザリン様をいじめたと断罪しておいて、指導しろとはどういうことですの?」
「やっていないのだろう?」
「ええ、身に覚えがありませんわ」
「それなら問題ない。あれはブレイズがやれとうるさかったものだから」
その程度の考えでセレーネを吊し上げたのか。底冷えするような眼差しでアーサーを見やれば、少しは悪いと思っているのか目を泳がせた。しかし、逃げ出さないところはさすが王太子。図太い。
「ンンッ、具体的にはロザリンの勉強を見てほしいのだ。次のテストでは上位に入ってもらいたい」
「……殿下やダルシャン様が見て差し上げればいいのでは?」
「私たちでは、勉強にならなくてな……」
そういえば、図書室でイチャコラうるさいと出禁を食らったのは昨年の秋だったか。まわりはさぞ迷惑だったことだろう。
「まずはロザリン様の合意が必要です。お話だけはしてみますわ」
「そうか! ありがとう!!」
やるとは言ってない。なのに決定事項かのように安堵した顔で、アーサーたちは去って行く。
(まぁいいわ。会って話をしてみたかったから)
指導の件は口実だ。本人だって断るに決まっている。昼休憩を待って、セレーネはロザリンのいるEクラスへと足を運んだ。
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