02-003:ガンプラの前では自分を偽れないだけよ!

 嬉々としてエスカレータに飛び乗ったメグ姐さんは、振り返って言う。


「ガンプラと言えばヨドバシカメラ。コレ、北大生の中では常識だからな」

「北大生がみんなガンプラ作っているわけじゃないでしょう」

「お前はフェルミ推定すら知らないのか」

「いえ、知ってるからそう言ったんですが」

「知らないからそう言えるんだ」


 エスカレータの程中で口論するスーツ姿の男女二人。その話題がガンプラからのフェルミ推定なのだから、傍から見たらまるでワケが分からないだろう。中身的には以下のような感じだ。


「私の周囲には約二十名の同期がいた。うちの十八人がガンプラを作っていた。つまり日本の人口の九十パーセントはガンプラを作るということになる」

「それ、世界が偏り過ぎてませんか?」

「他方お前の世界ではゼロパーセントだ。私とお前の世界の広さがだいたい同じと仮定すると、人口の四十五パーセントはガンプラを作る」

「老若男女入っちゃってるじゃないですか、全人口と言ったら」

「うるさい、真実は真実にとって都合の良い者によって作られるんだ」

「あーあ……」


 独裁者かよ。俺は首を振る。そしてメグ姐さんはガンプラコーナーの盗難探知機の前に立つや否や、左手で俺を捕まえ、右手でガンプラの完成見本品を指さしてキリリと通る声で言った。


「ガンプラよ、私は帰ってきた!」

「ちょ、ちょっと!」


 ああ、店員さんと子連れお母さんたちの視線が痛い。しかしメグ姐さんは何ら気にするりも見せず、俺の手を引いたままガンプラコーナーにずんずんと突き進んでいく。

 

「これこれ、これよね!」


 メグ姐さんが手に取ったのは……ガンダムでもシャア専用ザクでもなく、ドムだった。


「ドムって、あの俺を踏み台にした——ってやつ?」

「そうそう、わかってるわね、墨川くん!」

「えっ?」

「えっ?」


 俺たちはお互いに見つめ合う。なんだ、この違和感。このキラキラしたメグ姐さん。


「あー、あの、俺の頭が追い付いてこないんですが、今、俺に『くん』って付けました?」

「ガンダムを理解する男には心を開くのよ、私」

「いや、理解してるってほどでは」

「ここに連れてきたのはあなたを試すため。身体も開くわ! 抱いていいわよ!」

「抱きませんって!」

「ちぇっ!」

「あとその口調の変化はどうしたことですか」

「え? ガンプラの前では自分を偽れないだけだけど? 当たり前でしょう?」

「何その信仰心」

「たたえよ、あがめよ、いあいあ!」

「いやいや、それは神様が違いますよね」


 思わず突っ込んでしまう俺。突っ込んだら負けなのはわかっている。だが、しかし。考えてみればこの突っ込み気質はボケ担当の妹によって鍛えられたのかもしれない。


「ともかく。ドムって素敵よね」

「どう素敵なんですか?」

「作画工数を減らすためにホバー走行させるようにしたこととか」

「マニアックですよ、それ」


 と突っ込みつつ「へぇ、そうなんだ」と納得もしている俺である。やばい、完全にペースに飲まれている。


「あとやっぱり宇宙のドム、リック・ドムなんかはアニメの演出が憎かったわ。ホワイトベースのクルーからは一貫して『スカート付き』って呼ばれてるのよ。敵の新兵器の名前がホイホイわかるアニメが多いけど、この辺リアルよね。一年戦争のあの短期間でぼこぼこ新兵器が出てくるんだもん。最前線にまで敵の新兵器の情報なんていちいち出てこないわよね。それにホワイトベース自体ハブられてたわけだし」


 ものすごい早口でそうまくしたてるメグ姐さん。口がほとんど動いていないのに言葉がスラスラ出てくるあたり、そのスジのお方なんだと改めて確認させられる。というかメグ姐さんにはオタク友達でもいるのだろうか? いや、いなそうだよな……。


「でもねぇって、墨川くん? 聞いてる?」

「え。あ、はい、聞いてます。スカート付き十二機が三分で全滅した話ですよね」

「いや、スカート付きの話はしたけど、コンスコンの部隊の話はしていないわ」


 あれれ。失敗した。しかしメグ姐さんは別に不機嫌になるわけでもなく、また話を続けたのである。


「でもねぇ、一番好きなのは陸戦強襲型ガンタンクなのよね、私」

「強襲型? 普通のとは違うんですか?」

「大違いよ。というか、ガンタンクを馬鹿にしてる?」


 一気に剣呑な目になったメグ姐さんに、俺は両手を上げた。降参である。


「してないっていうか、そこまで知らない……」

「仕方ないわね」


 メグ姐さんは唐突にポニーテールを解いた。ふぁさっていう擬音が聞こえてきそうな所作だった。考えてみれば髪を下ろしたメグ姐さんを見たことがない。くそっ、ポニーテールでも相当に尊かったのだが、こうなっているとさらに美人度が増すのか、この人は。ガンダムオタクな所は全然オッケーなのだが、普段のあの性格さえなければ、たぶん男の九割はメグ姐さんに求婚することだろう。


「まったく、あなたには今夜、しっかり教育してあげないと」

「ええっ、夜通しガンタンク話ですか!?」


 それはちょっと。ていうか普通に寝たい……んですけど。


「仕事帰りにまたここに寄るわよ。素組みしかできないのは不満だけど、札幌滞在中にガンタンクの三台くらいは組み立てるわよ!」

「ドムじゃなくて?」

「ガンタンクの長い主砲をでたい気分なのよ、今。ドムはまた今度」

「……はいはい」


 こりゃ、夜通し付き合わされるパターンだわ。


 俺はもう諦めていた。

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