03: 対面

03-001:詰問大会強制参加(ていうか主役?)

クライアントとの会議——というか詰問大会——は予想通りに酷いものだった。確かにこれ、メグ姐さんじゃなかったら全てを飲み込んで帰ってこなければならない空気だ。向うは社長以下役員、管理職がずらりと揃っている状況。対するこちらは徒手空拳の下請け会社の社員二名である。しかも課長と平社員である。


 インシデント発生の経緯については、過分にクライアントに忖度そんたくした内容のパワーポイント資料が用意されていたが、メグ姐さんはそれにはただの一言も触れなかった。というより、プロジェクターを使いもしなかった。


「つまり、インシデント発生の引き金となったのは御社社員がソースコードを勝手にいじくったからですよね。それは先ほど御社側がお認めになったことです。ゆえに。我が社側の責任ではありません。こちらとしては一切非を認めるつもりはございません」


 メグ姐さん、がんばれ。隣に座っている俺は、毅然と立ち上がっているメグ姐さんを応援する——心の中で。


「いじくってはならないソースコードがいじれる環境になっていたのは、そっちの責任だろう」


 取締役の一人がメグ姐さんを指さしながら言った。メグ姐さんは煩げに右手を振り、「いいえ」と否定した。


「ソースコードは契約上御社に提供する形となっております。そのうえ、我々は善意で試験環境サンドボックスを提供しておりました。ソース改変の必要があるなら、まず我々にそのソースの妥当性を相談し、そのうえで試験環境を利用すべきだったのです。どうしても我々に秘密にしておきたいということであれば、提供させていただいたソースコードをしっかりと読み解き、ご理解いただいたうえでやるべきだったと思うわけです」

「そんなことは契約書のどこにも書いてない」

「運用担当の我々に事前の相談もなくソースの変更を行うなど、常識ではありえませんし、試験環境については先にも申し上げました通り、こちらの善意で用意したものです。つまり、あの広大でコストばかりかかる試験環境は、御社に忖度する形で、我が社の持ち出しで用意されたものなのです。契約書あるいは納品書にその旨記載するとなると、イニシャルもランニングも、請求額の桁が一つ増えていてもおかしくはなかったのですが。単純にハードウェアだけで数千万、ソフトウェアの実装でも同額かかるでしょう、普通なら。我が社の上層部の気が触れていたため、御社はそれらのハイパフォーマンスな環境が使い放題だったわけです。その点も納品前にしっかりと、私自らがご説明させていただいたところであったはずです」


 俺にはこの時のメグ姐さんは、勝利の女神に見えた。味方にしておいてこれほど心強い人間はそういない。クソ狸部長との出張じゃなくて良かったと心から思った。あの狸だったら、俺を人身御供に差し出して幕引きを図ったに違いないからだ。あの狸野郎は、保身に関しては誰がどう見てもプロ級なのである。


「一つお伺いさせていただきますが!」


 メグ姐さんが机に両手をついた。バン、という鈍い音が響く。


「そもそもどういう意図で以て当該のソース改変を試みたのでしょう」

「セキュリティの強化を」

「なぜ我々に相談もなしに?」

「それは……」


 役員たちの顔に動揺が広がる。イヤな予感しかしない。そこで相手方の社長が立ち上がった。


「君たちは、自分たちが何を手掛けているのか、理解しているかね」

IPS侵入防止システムです」

「そう、Intrusion Prevention System。不正なアクセスがあった時に自動的に通信を遮断するシステム……まぁ、ここまでは十分理解しているだろう」

「もちろん」


 俺たちは同時に応えた。馬鹿にするなという意志を込めて。


「ところが違うのだよ、その実態は」

「違う……?」


 いや、そんなはずはない。ソースコードも仕様書も穴が開くほど読んできたはずだ。


 要求仕様は、確かに先進的な構造つくりをしているなとは感じた。次世代型IPSと銘打って登場してきたのだから当然だ。そのシェア率はメガバンクを筆頭に事実上の国内独占状態にある。


「君たちに来てもらったのは、そのためだ」


 その言葉に、俺とメグ姐さんは視線を合わせる。メグ姐さんはゆっくりと椅子に腰を下ろし、緩やかに両手の指を組み合わせた。そのしぐさも様になる。


「今回のシステム停止に伴う被害金額は一千億をくだらない」

「え?」


 思わず声が出た。だが、メグ姐さんは予想の範囲内だったようで「で?」と言わんばかりに社長を見つめていた。


「実はこれは私と会長しか知らんことなのだ」


 社長は前置きをして話し始める。


「次世代型IPS、IPSxg2.0は表向きはただのIPSだ。だがその実態は、いわば先制攻撃型の防壁システムファイアウォールなのだ」

「先制攻撃型……?」


 俺とメグ姐さんはまた同時に呟いた。先方の役員や部長級の人間は「何を言ってるんだ?」という表情を浮かべている。俺もきっと同じ顔をしていただろう。そんな中でもメグ姐さんだけは社長から視線を外さずにキリッとした表情を見せていた。触れたら斬られる……そんな緊張感が漂っていた。


「その詳細を」


 メグ姐さんの声のトーンが一段階低下した。


「少なくともそんなものは、我が社には明かされていませんでした」

「それはそうだろう。その先制攻撃モジュール・アンドロマリウスは我が社で極秘裏に研究開発していたわけだからな」

「……そのシステムとの連結試験を行った結果、今回のインシデントが?」

「その通りだ」


 本番環境で試験をしたって言うのか……。


「だが、インシデントそれ自体は計算されたものだった。それを理由に貴社をプロジェクトから外す予定だった」

「……なんだって」


 思わず漏れる俺の声。


「だが、ここにきて重大なバグが発見された」

「我が社のIPSxg2.0との相性問題ですか?」

「そんな生易しいものではない、甲斐田さん」

「では?」

「その前に皆には退席してもらおう。君たちには追って詳細を伝える」


 どよめく会議室。だが、誰も社長には逆らえないらしい。彼らはまるで沈みゆく船から逃げ出すネズミのように、一列になってドアの向こうへ消えていった。


 社長はいわゆる普通の初老の男性である。ただ毛量は多く、そのほとんどが白かった。IT系会社の重役を歴任してきた生粋のエンジニアであり、書籍やテレビにも頻繁に顔を出している。もちろんネットの公式動画にもその姿を見ることができる。俺個人としてもこの社長には好感を持っていた……というより、エンジニアの多くがこの社長を目指していると言っても良い。会社はともかくとして、今でも俺はこの社長のような技術者になりたいと思っている。


「甲斐田さんと墨川さん。君たちは貴社の中でもトップクラスの技術者だと聞いている。この期に及んで隠し立てしても仕方あるまい。ありていに言おう。君たちを我が社で引き受けたい」

「どういうことでしょうか、牧内まきうち社長」

「貴社は潰れる」

「つぶ……どういうことですか」

「本件の、IPSxg2.0の関係会社は我が社を残して一掃される。文字通りに」

「なぜ」


 さすがのメグ姐さんも声が上ずっている。


「これはな、もはや世界を巻き込む話なのだ。ネットにつながっている全ての事物が影響を受ける、そういう次元の話なのだよ、甲斐田さん」

「まさか政府が絡んでいると?」

「ははは」


 牧内社長は乾いた声で笑った。


「そういったが絡んでいればまだやり易かったのだがね。それがたとえフリーメイソンであったとしても、まだやり易かっただろう」

「という事はつまり?」


 メグ姐さんは急かすような口調で質問を投げつける。牧内社長は「我々は——」と窓の所へと移動した。


「我々は、悪魔と取引したのだよ」

「つまり、姿形も知れない相手と何らかの?」

「そう。いや、そうでもないかもしれない。我々はをよく知っている」


 そこからの牧内社長の口から出てきた文脈は、とても常識的には考えられないものだった。

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