虎の威を借る狐

 あっという間に時が過ぎ、再び社交シーズンが始まった。

 シャーリーはクリフォード家に引き取られてもう2年が経過する。すっかり貴族の令嬢である。

「ご機嫌よう、シャーリー様」

「ご機嫌よう、ベアトリス様。お久しぶりでございます。この間はお土産を送ってくださりありがとうございました。ナルフェック王国のお菓子、とても美味しかったです」

 夜会でベアトリスから話しかけられたシャーリーは嬉しそうである。

「あら、それは良かったですわ」

 ベアトリスはふふっと微笑んだ。

「クリフォード嬢もすっかり貴族令嬢の振る舞いが板に付いてきましたわね」

「ありがとうございます、ラトランド嬢」

 ベアトリスの取り巻き(友人)の一人である、ラトランド伯爵令嬢アラベラがシャーリーをそう褒めていた。アラベラ以外のベアトリスの取り巻き(友人)達も、シャーリーのことを認めていた。……ただ一人以外は。

「ベアトリス様に認められたからっていい気にならないでちょうだい。平民の癖に。ベアトリス様も何故なぜこのような平民を相手にするのか分からないわ」

 去り際、ボソッと小馬鹿にするようにそう言った者がいた。チェスター伯爵令嬢カレンである。

 シャーリーはグレーの目を見開き、カレンの後ろ姿を睨んだ。

(あのお方はチェスター嬢ね……。一体どういうつもりなのかしら? 警戒した方が良いかも)

 そこからシャーリーはことあるごとにカレンから嫌味を言われるようになった。

「あら、麗しい花々の中に雑草が混ざっているようね。自分がこの場に相応ふさわしくないことに気付かないのかしら?」

「平民に毛が生えた程度の男爵家に引き取られた娘は毛すら生えていないようね」

「貴女のような下賎な者を相手にするなんて、ベアトリス様の格も落ちてしまうわ」

 これはほんの一部でしかない。そしてカレンはベアトリスのいない時を狙ってシャーリーに接触するのだった。

「あら、不満そうね。でもわたくしはベアトリス様の親友なのよ。そしてベアトリス様の庇護の元にあるの。わたくしに喧嘩を売るのはベアトリス様に喧嘩を売るのと同じ意味なのよ」

 勝ち誇ったような表情のカレン。

 シャーリーは尊敬するベアトリスの名を出されて何も出来なかった。

「シャーリー嬢、何かあったのですか?」

 カレンが去った後、合流したヴィンセントは心配そうな表情だった。シャーリーは最近カレンにネチネチと嫌味を言われていることを話してみた。

「それは大変でしたね」

 同情的なヴィンセント。

「……ベアトリス様は、どうしてチェスター嬢を側に置いているのでしょう? あの方は問題があると思うのですが」

 シャーリーは納得いかない様子である。しかし、ヴィンセントからそっと注意される。

「お気持ちはよく分かります。ただ、その発言はチェスター嬢ではなくコンプトン嬢への侮辱と捉えられかねません。有力貴族の傘下にいる者や親しい者を侮辱するのは、その有力貴族への侮辱でもあるのです。納得いかないかもしれませんが、ネンガルドの貴族社会はそういうものなのです。まあその分有力貴族も傘下の者達をしっかりとまとめ上げなければならないのですが」

「まあ……」

 そこでシャーリーはカレンの発言を思い出す。

『ベアトリス様に認められたからっていい気にならないでちょうだい。平民の癖に。ベアトリス様も何故このような平民を相手にするのか分からないわ』

『貴女のような下賎な者を相手にするなんて、ベアトリス様の格も落ちてしまうわ』

(私はベアトリス様とそれなりに親しくしてもらっている。だったら、チェスター嬢のこの発言はベアトリス様への侮辱に当たらないのかしら?)

 シャーリーの胸の中はモヤモヤとしていた。

「シャーリー嬢? どうかしました?」

 少し心配そうに覗き込むヴィンセント。

「実は……」

 シャーリーはカレンから言われたことをヴィンセントにも言ってみた。

「……チェスター嬢がそのようなことを。……確かに、シャーリー嬢はコンプトン嬢とかなり親しい間柄でしょう。……チェスター嬢は命知らずな方なのか?」

 ヴィンセントは怪訝そうな表情になった。

「いずれにせよ、チェスター嬢には警戒した方が良いかもしれませんね」

「ええ」

 シャーリーとヴィンセントの意見は一致した。

 それからしばらくシャーリーとヴィンセントは警戒しながらカレンの様子を見ていた。

 カレンは思ったより酷かった。

 下級貴族の令嬢に嫌味を言うのは日常茶飯事。しかし、それだけではなく下級貴族の令嬢に窃盗を命じたり娼婦のような真似を命じたりしていた。しかもベアトリスにバレないように巧妙な手口で。言うことを聞かない場合は力あるコンプトン侯爵家の令嬢であるベアトリスを出して脅していた。

「それにしても異常ですよ。僕はコンプトン嬢と交流があるので、チェスター嬢とも顔見知りなのですが……あのように振る舞う方ではなかったはずです。もしかしたら、チェスター嬢は最近になってああなった可能性があります」

 ヴィンセントは眉を顰めてそう言った。

「有力貴族の傘下にある者を侮辱したら、その有力貴族の方への侮辱にもなるから強く言えない……。もしかして、今の状況はベアトリス様にとってもあまりよろしくないのではありませんか? チェスター嬢があのように振る舞えば振る舞う程、ベアトリス様は傘下の者を管理出来ていないと悪評が立ってしまうのでは……?」

 シャーリーは不安そうである。

「ええ、その通りです」

 ヴィンセントは険しい表情だ。

(ベアトリス様は素晴らしいお方なのよ。それなのに、チェスター嬢のせいで評判が落ちるなんて絶対に駄目よ。何とかしないと。でもどうやって……?)

 シャーリーは今すぐに何も出来ない自分にやきもきしていた。

 虎の威を借る狐のような令嬢は厄介である。

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