怒れるシャーリー

 今年は昨年とは違い、シャーリーも余裕が出て来たので社交界を楽しもうとしていた。しかし、カレンという懸念材料が出来て楽しむよりもカレンを警戒する方が優先になってしまったシャーリーである。

 そんな中、シャーリーは偶然カレンと彼女の侍女の会話を聞くことが出来た。

 シャーリーが夜会の会場から出て少し休憩しようとした時、人気ひとけのない場所にカレンがいるのを発見したのだ。シャーリーはまたカレンがどこかの令嬢に嫌がらせなどをするのではないかと警戒し、死角になる位置に身を潜めた。

「メリンダ、アイザック卿には手紙を送ってくれたわよね?」

「ええ、カレンお嬢様の仰せの通りに」

 カレンの侍女メリンダはそう答えた。

(アイザック卿……モールバラ卿のことだわ。どうしてチェスター嬢がベアトリス様の婚約者であるモールバラ卿に手紙を?)

 シャーリーは息を潜めながら疑問に思った。

「そう。なら計画通りね。あの憎きベアトリスを社交界から追放する準備が整ったわ」

 口角を吊り上げるカレン。精巧な人形のような美しい顔立ちのはずが、どこか醜く見えた。

(え!? ベアトリス様を追放ですって!?)

 ぐっと拳を握りしめて聞き耳を立てるシャーリー。恐らく昔のシャーリーなら怒って飛び出していただろう。

「し、しかし、カレンお嬢様、何故なぜコンプトン嬢を社交界から追放なさりたいのでしょうか?」

 少し怯えながら、怪訝そうに聞くメリンダ。

「まあ、そのような初歩的なことを聞くのね」

 カレンはメリンダを鼻で笑った。

わたくしにとってベアトリスが邪魔だからよ。成人デビュタントを迎える前、わたくしは会う人全てからこう言われていたわ。『きっと社交界の花として注目される』って」

「ええ、言われておりましたね」

「だけど、実際はどうかしら? いざ成人デビュタントの儀に参加してみたら、注目されていたのはベアトリスよ。令嬢の鑑だとね。わたくしはこの美貌で社交界のトップに君臨して社交界を掌握するつもりだったのよ。なのに、それを全てベアトリスが持っていったの」

 カレンは歪んだ表情でそう話す。

わたくしはより高貴な男性の妻となり、強大な権力を手に入れたいのよ。王太子妃は他国の王族からしか迎え入れないから難しいとしても、筆頭公爵夫人ならわたくしこそが相応ふさわしいわ。それなのに……ベアトリスが筆頭公爵令息であるアイザック卿の婚約者だなんておかしいわ!」

 カレンの表情は更に醜くなった。

「だからベアトリスの評判を落としてアイザック卿と婚約破棄させるつもりよ。その為にわたくしは動いていたの。下級貴族の女共への嫌がらせもその一環よ。わたくしがベアトリスの傘下にあることを知らしめて好き勝手振る舞えばベアトリスの評判も落ちるわ。その後は全てベアトリスからの指示で本当は嫌だったけれどわたくしはそうするしかなかった、ベアトリスから脅されていたと言えば問題ないわ。これでベアトリスを社交界から追放出来る。全てはわたくしの思い通りにね」

 カレンは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

(……チェスター嬢、私利私欲の為だけにベアトリス様を陥れようとするなんて! それにあの時チェスター嬢がベアトリス様を睨んでいたのは気のせいではなかったのね)

 シャーリーは口元をきつく結び、肩を震わせていた。

(でも、今出たら駄目。チェスター嬢は何をするか分からないもの)

 シャーリーはゆっくりとカレン達に気付かれぬように深呼吸をして心を落ち着かせた。

 そしてカレン達が去ったのを確認し、シャーリーは死角から姿を現す。

「ベアトリス様を守らないと。でも、どうやって?」

 シャーリーは必死に考えるが良い方法を思いつかない。

「シャーリー嬢?」

「はい!?」

 その時、背後から声をかけられてシャーリーは驚く。声の主はヴィンセントだった。

「驚かせたようですね。すみません」

 ヴィンセントは苦笑した。

「……シャーリー嬢、お怒りになる程驚かせてしまったみたいですね。すみません」

 ヴィンセントはシャーリーの表情を見て肩を落とす。

 シャーリーは眉間に皺を寄せ、口元もへの字に曲がっていた。

「いえ、確かにびっくりしましたけど、ヴィンセント様に怒っているわけではないです」

「では一体何をそんなに怒っているのですか?」

 恐る恐る聞くヴィンセント。

「チェスター嬢にですよ! 私さっき聞いたんです! チェスター嬢がベアトリス様を陥れようとしている計画について! ベアトリス様はとても素敵な方です! なのに、私利私欲の為に陥れて社交界から追放しようとするなんて許せません!」

「ちょっとシャーリー嬢、落ち着いてください。何があったか詳しく聞かせてください」

 憤慨するシャーリーをヴィンセントが慌てて宥める。

 それによりシャーリーは少し落ち着くことが出来た。そして改めて先程のカレンとメリンダの会話についてヴィンセントに話した。

「……なるほど。シャーリー嬢はそれであんなに怒っていらしたのですね」

「ええ。ですが、どうやったらベアトリス様を守ることが出来るか思いつかなくて……」

 シャーリーはシュンと肩を落とす。

「話は聞かせてもらったよ」

 そこへ第三者の声が響く。

 シャーリーとヴィンセントは驚いて声の方向を見た。

 そこにいたのはベアトリスの婚約者であるアイザック。そしてその隣にはダークブロンドの髪にサファイアのような青い目の男性がいた。

「モールバラ卿!」

 シャーリーはグレーの目を見開いた。

「すまないね、クリフォード嬢達の話が聞こえて来てしまって。ただ、話をする時は注意した方がいい。私が人払いをしていなければどうなっていたか」

 アイザックは苦笑した。

「……すみません」

 シャーリーは肩を落とした。

「これから気を付ければいい。幸い私と彼しか聞いていなかったからね」

 アイザックはフッと笑う。そしてアイザックの隣にいた男性がシャーリーの方にゆっくりと歩いて来た。

(……初対面の方だし、挨拶は必要よね)

 シャーリーはカーテシーで礼をる。

「初めまして、楽にしていいよ」

 どこかおっとりとした声である。

「初めまして。クリフォード男爵家長女、シャーリー・クリフォードと申します」

「僕はキース・セオドア・コンプトン。コンプトン侯爵家長男で、ベアトリスの弟だよ」

「ベアトリス様の弟!? あ、失礼しました」

 キースがベアトリスの弟だと知って驚くシャーリー。確かにキースの顔立ちはベアトリスとどことなく似ている。

「気にしなくていいよ」

 キースはへにゃりと笑う。どこか頼りない笑みだ。

(……何というか、失礼だけどベアトリス様が心配するのは分かる気がするわ)

 シャーリーは以前ベアトリスが弟のキースを心配していたことを思い出した。

「アイザック卿はシャーリー嬢が話していたチェスター嬢からの手紙というのは受け取ったのですか?」

 ヴィンセントはアイザックに聞いた。

「ああ、少し前にね。ただ、チェスター嬢が怪しい動きをしているという情報は掴んでいる」

「左様でございますか」

「あの、私はベアトリス様から色々と教わったおかげで助かったことがたくさんあります。だから、今度は私がベアトリス様を助けたいです。でも、どうしたら良いか分からなくて……」

 シャーリーはアイザックとキースに訴えた。

「私の大切な婚約者のことを思ってくれてありがとう、クリフォード嬢。私もまだ動き出したばかりだが、策はある」

 アイザックは頼もしそうな表情であるを

「僕もチェスター嬢の動きなら把握出来そうだよ。ほら、僕はぼんやりしていて何かと侮られがちみたいだから、それを逆手に取れば皆情報をペラペラと話すんだ。人間多少侮られた方がやりやすいんだよ。それに僕も姉上のことは大切だし」

 へにゃりと笑うキース。

(コンプトン卿、一筋縄ではいかなさそうかも。何か策士な気がするわ)

 シャーリーはキースの笑みに腹黒さを感じた。

「シャーリー嬢は本当にコンプトン嬢のことを大切に思っているのですね。僕も協力します」

 ヴィンセントは茶色の目を優しげに細めた。

 こうしてシャーリー達はベアトリスを守る為に動き出したのだ。

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