シャーリーとベアトリス、友達になる

 もうすぐネンガルド王国の社交シーズンが終了する時期になった。

 シャーリーはようやくベアトリスをクリフォード男爵家の王都の屋敷タウンハウスに招待することが出来た。

「クリフォード嬢、お招き感謝いたしますわ」

 上品に微笑むベアトリス。

「こちらこそ、お越しいただき大変嬉しく思います」

 シャーリーは嬉しそうである。

 早速二人は紅茶やお菓子の準備がされた部屋に向かった。

「本当に、クリフォード嬢は成長しましたね」

 シャーリーの所作を見て嬉しそうに微笑み、紅茶を一口飲むベアトリス。

「コンプトン嬢のおかげです。ありがとうございます」

 シャーリーはふふっと笑い、クッキーを口にした。

(そう言えば、初めてコンプトン嬢に出会った時、私はこの人が悪役令嬢みたいだなって思ったわね)

 シャーリーはベアトリスと初めて会った時を思い出し、懐かしそうに微笑んだ。

「クリフォード嬢、どうかなさいまして?」

「ああ、実は……初めて会った時、コンプトン嬢はきっと小説に登場する悪役令嬢に違いないと思っていたのです。今は全くそんなこと思わないのですが」

「悪役令嬢? どういう意味ですの?」

 ベアトリスにとって聞き慣れない言葉だったらしく、不思議そうに首を傾げている。

「実は私が孤児院にいた頃、市井で流行っていたロマンス小説がありまして」

 シャーリーはお気に入りの小説のことをベアトリスに話した。

「あら、そんな小説がありますのね。でしたら、わたくしも読んでみたいですわ」

 ベアトリスは興味ありそうな様子だ。

「分かりました」

 シャーリーは侍女のカーラに頼み、書斎から自身のロマンス小説を持って来てもらった。

 シャーリーとベアトリスは一緒にロマンス小説を読む。

「現実味はありませんが、読み物としては面白いと存じますわ」

 小説を読み終わったベアトリスはクスッと微笑み、紅茶を飲む。

「ああ、やっぱり現実離れはしてますよね。私もクリフォード家に引き取られた当時はこんな風になるのかもしれないと夢見たのですが、現実は違うと分かりました。でも、やっぱりこの小説は好きです」

 シャーリーもクスッと笑い、紅茶を口にした。

「当時はコンプトン嬢はきっと悪役令嬢で、私は耐えたら運命の王子様が迎えに来てくれるって思ってたんです」

「コンプトン侯爵家なら、小説のような嫌がらせはせずに貴女を追放出来ますわ」

「ええ、そうでしょうね。ションバーグ公爵家がフォーテスキュー男爵家を潰したと噂で聞きました。まどろっこしい嫌がらせなどしなくても、力ある貴族なら簡単に下級貴族や平民を捻り潰せると知りました」

 シャーリーとベアトリスはクスクスと笑っていた。

「それに、コンプトン嬢は悪い方ではありません。まだ貴族社会のことが分からない私に色々教えてくださったし、お義父とう様とお義母かあ様の心配までしてくださったのですから」

 シャーリーは嬉しそうに微笑んでいる。ベアトリスはシャーリーから目を逸らす。

「ベアトリス……でいいですわ」

「え?」

 シャーリーはきょとんとする。

「ですから、わたくしのことは、コンプトン嬢ではなくベアトリスと呼んでもらって構わないということですわ。堅苦しい敬称も不要ですわ」

 ベアトリスのサファイアの目からは、照れていることがはっきりと分かる。

 シャーリーはグレーの目を輝かせて喜ぶ。

「はい! ベアトリス様! 私のことも、是非シャーリーと呼んでください!」

「……承知いたしましたわ、シャーリー様」

 ベアトリスは口元を綻ばせた。

 こうして、二人の仲は縮まったのである。

 そしてまだまだ談笑中のシャーリーとベアトリス。

「もうすぐ社交シーズンが終わりますが、シャーリー様は領地に戻られますの?」

「はい、その予定です。まだクリフォード領のこと全てを知っているわけではないので、色々と散策して学ぼうと思ってます」

「良い心がけですわね。領地、領民のことをきちんと知るのは大切なことですわ」

 ベアトリスは感心していた。

「ベアトリス様は社交シーズンが終わったらどうするのですか?」

わたくしも一旦コンプトン領に戻りますが、その後すぐにナルフェック王国のヌムール公爵領に薬学を学びに行きますの」

「ナルフェック王国って、海を挟んだ隣の国ですよね? 何でも、料理がとても美味しいとか」

 シャーリーは興味ありげにグレーの目を輝かせた。

「左様でございますわ。海を挟んでおりますので、ナルフェック王国には船で行きますのよ。ネンガルド王国は島国ですので、他国へは大体船で渡りますわ」

 ふふっと微笑むベアトリス。そしてクッキーを一枚食べる。

「シャーリー様、お土産にナルフェックのお菓子をお持ちいたしますわね」

「ありがとうございます! ナルフェックのお菓子、とても楽しみです」

 シャーリーはグレーの目をキラキラと輝かせる。

「お菓子でそこまで喜ぶなんて、シャーリー様は少し子供っぽいところがありますわね」

 ベアトリスは少し呆れつつも、年下の子供を慈しむかのような表情であった。

「あ、そう言えば、ベアトリス様はどうして薬学を学んでいるのですか?」

 シャーリーは思い出したように聞いた。

「そうですわね……。楽しいからですわ」

 ベアトリスは少し考え、そう答えた。そしてゆっくりと語り始める。

「薬学に興味を持ったきっかけは、孤児院で奉仕活動をしていた時、偶然医師と薬剤師が子供の治療をしているのを見かけたことですわ。年配の男性医師と、若い女性の薬剤師でした。わたくしは、医師だけでなく薬剤師も人を救えるのだと初めて知りました。それだけでなく、薬剤師の女性が毅然として、自分よりも遥かに年上で男性の医師に意見していたのです」

 シャーリーは紅茶を一口飲み、黙ってベアトリスの話を聞いている。

「一昔前程ではございませんが、ネンガルド王国にはまだ多少男尊女卑が残っております。王家以外は男性しか爵位や家督が継げませんし。男性の意見の方が通りやすい風潮もございます。ですが、その薬剤師の女性はきちんと医師の間違いを指摘しておりました。わたくしはそれが素敵だと存じました。わたくしはその女性に憧れてしまいましたの。恐らく、憧れた女性がたまたま薬剤師だったから、薬学に興味を持ったのかもしれません。ですが、学んでいくうちに、本当に楽しいと思いましたの」

 ベアトリスはふふっと笑い、紅茶で喉を潤した。

「それに、わたくしと同じように薬学を学ぶガーメニー王国の伯爵令嬢もいらっしゃいますのよ。そのお方はリーゼロッテ様といいますの」

「まあ、他の国の令嬢とも交流があるんですね」

 おお、とシャーリーはグレーの目を見開く。

 そうしているうちに、二人の話は家族や婚約者のことに移る。

「実はわたくし、コンプトン侯爵家を継げないことが悔しくてたまりませんの」

「え? ですがベアトリス様はモールバラ卿と婚約していて次期筆頭公爵夫人になれるじゃないですか」

 シャーリーはきょとんとしていた。

「ええ。アイザック様のことは尊敬しておりますし、政略結婚ではございますが、アイザック様とは互いに想い合う仲でございます」

 ベアトリスは後半少し頬を赤らめていた。

「ですが、わたくしの弟キースは少しぼんやりしていて心配ですのよ。わたくしがコンプトン家を継いだ方が良いかもしれないと思うくらいに」

 ベアトリスはため息をついた。

「大変ですね。正直私には実感が湧きません」

「あら、シャーリー様、貴女も他人事ではありませんのよ。クリフォード男爵家直系の子供は貴女しかいない。クリフォード家存続の為にもシャーリー様が婿を取らなければいけませんのよ」

「婿……つまり結婚相手ですよね? ……小説みたいに運命の王子様が迎えに来てくれることに憧れていた時期はありますが……貴族のことを知った今では何というか……想像がつかなくて」

 シャーリーは苦笑した。

「あら、わたくしはてっきりシャーリー様はテヴァルー卿と婚約するのかと思っておりましたわ」

「ヴィンセント様と!? あ、失礼しました……」

 突然のことに思わず声が大きくなってしまったシャーリー。少し頬が赤く染まってしまう。

「彼はテヴァルー子爵家の三男。テヴァルー子爵家は比較的伝統ある家ですし、金銭的にもかなり裕福でございますわ。クリフォード男爵家とも釣り合いが取れてぴったりだと存じたのですが」

 ベアトリスは悪戯っぽく微笑んだ。

「まだ……よく分からないです」

 シャーリーはグレーの目を逸らし、そう答えた。

「左様でございますか」

 ベアトリスはクスッと微笑んだ。

 それからシャーリーとベアトリスはお開きの時間ギリギリまで楽しく話しているのであった。

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