第9話 男子高校生、戦う
ブヒーが殴りかかってきたので、早志は慌てる。
早志は、今まで喧嘩なんてものをしたことが無かったから、どのように対処すればいいかわからなかった。
だから、「ちょっと待ってください!」と右手を突き出して、ブヒーを止めようとした。
が、図らずも、その右手が掌底を放つ形になり、掌底を胸に向けたブヒーはそのまま吹き飛び、軌道上にあった机や椅子を破壊しながら、壁にぶつかった。
訪れる静寂。ブヒーたちの取り巻きはあんぐりと口を開け、早志も愕然としながら言う。
「いや、吹っ飛びすぎだろ」
早志は賛同を求めるために、ブヒーの取り巻きに視線を送る。すると、取り巻きたちは「ひぃ」と短い悲鳴を上げて、後ずさる。
周りにいた冒険者たちに視線を送る。周りの冒険者も「ひぃ」と短い悲鳴を上げて、後ずさる。
早志は、最後の望みとばかりに、フェソソソに視線を送った。フェソソソも「ひぃ」と短い悲鳴を上げて、後ずさる。
「……フェソは仲間であって欲しかったよ」
「や、やるじゃねぇか」
ブヒーが立ち上がった。しかし、その体は傷だらけで、足も生まれたての小鹿のように震えている。
「あの、大丈夫ですか?」
早志は声を掛けつつ、事の重大さを理解し、血の気が引く。これは傷害罪とかで訴えられるやつだろうか。
「馬鹿にするな。これくらいどうってことない」
そうは見えないから心配しているのだが、ブヒーには伝わっていないようだ。
「ふっ、今日はこのくらいにしておいてやるが、勘違いはするなよ? 俺がやられたのは、テスト明けだったからだ」
「そんなテスト前の言い訳が、この世界にもあるんですね」
「おい、お前ら、手を課せぇい!」
ブヒーは取り巻きたちの手を借りて、ギルドから去って行った。
とりあえず、裁判沙汰にはならないみたいなので、安どする。が、すぐにそれはまだ早いことに気づく。ブヒーが吹き飛んだせいで壊れてしまった机や椅子はどうすべきか。
そのとき、拍手の音が聞こえ、身長の高いイケメンが現れた。
周りにいる冒険者がざわめく。
「ギルド長だ」
「ギルド長がどうしてここに」
彼が偉い立場の人間であることがわかった。だから、早志は覚悟を決める。弁償しろと言われるに違いない。
「さきほどの戦い、見事だった。あのブヒーを倒すとはなかなかやるな」
「……ありがとうございます」
倒したと言っても、早志からすると、ただの事故でしかないのだが。
「おっと、失礼。私はギルド長のエースだ」
「突手早志です」
「ハヤシか。ハヤシは冒険者になりたいのか?」
「そう、ですね。冒険者として登録したいからこの場所へ来ました」
「そうか。先ほど、ブヒーを倒した姿を見て、確信した。君なら、冒険者としてうまくやっていける」
「ありがとうございます」
「ランクは、そうだな。Aランクのブヒーを倒したのだから――Eランクで良いだろう」
「いや、何でですか」
エースは眉を顰める。
「私の決定が不満か?」
「不満というか、何でだろう? と思っただけです。Aランクを倒したのだから、Aランクスタートでも良いんじゃないか、と」
「Eランクから始めるのがうちの決まりだ」
「わかりました」
それがルールなら、早志としても受け入れるしかない。というか、それなら最初からそう言えばいいのに。
「それじゃあ、引き続き登録を頑張って」
「……はい。あの、すみません。椅子とか机は……」
「ああ、それなら心配するな。いつものことだ」
「わかりました」
とくに弁償する必要がなさそうなので、申し訳ないと思いつつ、エースの言葉をありがたく受け取った。
(というか、いつものことって、治安悪すぎだろ)
そして手続きを進め、冒険者としての登録が完了する。
貰ったカードを見て、早志は冒険者になったことを実感した。
「以上で登録は終わりです。何か受注したいクエストなどがありましたら、掲示板のところにありますので、選んで持ってきてください」
「はい」
そこで早志は、レッドドラゴンの玉石について思い出した。
「あ、そうだ。昨日、こんなものを見つけたんですけど、こちらも換金できると聞いたのですが、本当ですか?」
レッドドラゴンの玉石を見た瞬間、受付の女性の目の色が変わった。
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