第3話 男子高校生、世界を知る
城門の外に放り出された早志は、「おふ」と尻餅をつく。
立ち上がって、城門に駆け寄ろうとするも、城門にいる兵士に槍を突き立てられて、両手を挙げる。
「あの、入れてもらうことって」
「駄目だ。出ていけ。ここはお前がいるような場所じゃない」
「……ですよねぇ」
早志は引き下がる。兵士が槍を下すのを見て、突撃しようとするも、再び槍を突き立てられたので、諦めてとぼとぼ歩きだした。
(そういえば、なろうがどうのこうの言ってたな)
早志は立ち止まって振り返る。目の前には、大きな洋風の城があった。なろうのことはよくわからないが、洋風ファンタジー的な世界観の作品が多いことは知っている。つまり、ここは洋風ファンタジー的な世界なのかもしれない。
(マジでどうなってんだよ。あの女王? は異世界とか言っていたけど……)
早志はため息を吐く。誰かがちゃんと説明してくれれば済む話なのに、誰もちゃんと説明してくれないから、とにかく戸惑いだけが大きくなっていく。
(とりあえず、この橋を渡って、真っ直ぐ進んでみるか)
早志の前には長い橋があって、その先にレンガ造りの建物が多数存在した。そこに行けば、何かわかるかもしれない。
それからしばらく歩くと、人通りが増えて市場のような場所に出た。行き交う人の顔立ちは、早志のそれとは異なり、石畳とレンガ造りの家が広がる風景から異国情緒を感じた。
(洋風の世界か)
並んでいる品物を見ながらそんなことを思う。そして、美味しそうなマフィンを見つけ、早志の足が止まる。
(腹が減ったな……)
しかし、この世界の通貨なんて持っていないし、買えるはずがない。そう思ったのだが、掲げられている値札を見て、思わず二度見した。
『\100』
円表記である。
(え、円が使えるの?)
早志は訝しげにマフィン屋に近づき、値札を確認する。やはり、円表記だった。
「いらっしゃい」と恰幅の良い男性が早志に微笑みかける。
(そういえば、普通に会話できているな。つまり、ここでは日本語が使える?)
早志は戸惑いつつ、男性に質問する。
「あの、ここって円が使えるんですか?」
「ああ、使えるよ。何個欲しいんだ?」
「とりあえず、一個」
「あいよ」
男性がマフィンを紙袋に入れる。早志は財布を取り出して、100円を出そうとするも、無いことに気づく。
(やべぇ、細かいのが無い)
早志が札の方を確認すると、諭吉が二人、早志を見上げる。早志は申し訳なさそうに諭吉を一枚取り出した。
「あの、大きいのしか無いんですけど、いいですか?」
男性が眉をひそめる。やはり、使えないのか。
「……細かいのないの?」
「……はい。すみません」
「……しゃーないな」
男性は早志から一万円を受け取ると、9枚の夏目漱石と9枚の100円硬貨を返した。
(ちゃんと使えた)
驚く早志に男性は紙袋を差し出す。
「はい。マフィン」
「ありがとうございます。あ、あの! 変なことを聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「この千円札に描かれている人物をご存じですか?」
「ん? 勇者様なんじゃないの?」
「勇者? 夏目漱石が?」
「俺は学がねぇから、その辺のところはわからねぇ。ただ、この金は、異世界から来た勇者様が広めたと言われている」
「そうなんですか?」
「ああ。この国に貨幣制度をもたらしたのは、勇者様らしい」
「……なるほど」
後ろに人が並ぶ気配があったので、「ありがとうございます」と言って、早志は素早くその場から離れた。
適当なベンチに座って、マフィンを食べる。マフィンは――早志の知るマフィンだった。マフィンを食べながら、早志は札や硬貨を確認する。
紙幣に描かれている人物は間違いなく夏目漱石だった。このことから、この世界に貨幣制度をもたらした人物の年齢などが特定できそうではある。夏目漱石だった期間を知らないので、すぐに特定できないのがもどかしい。
また、札の番号や硬貨の製造年が全て一緒なので、何かしらの技術でコピーして流通させているように見える。いくらでも悪用できそうなやり方だが……。
(それでいいのか、異世界!)
早志は心の中でツッコミを入れるが、それでこの世界が成り立っているのだとしたら、早志がとやかく言うようなことではない。
(それに、異世界とか勇者とか普通に皆、知っているんだな。俺を見ても、驚かないし)
早志の顔立ちは、周りの人間とは少し異なっている。しかし、じろじろ見られている感じもしないので、自分の存在も受けいられているように思う。
(もう少し、調べてみるか)
早志はマフィンを食べ終えると、調査に乗り出した。
――そして、三時間後。
早志は街が見下ろせる小高い丘の上にいた。そこから見える石造りの景色を眺めながら、頭の中を整理する。
この国の名前は『テンプレート王国』。500年ほど前に初代国王が召喚した勇者とともに建国した国で、眼下に広がる街は首都の『ンプレ』。日本語でコミュニケーションが取れるし、円が使える。また、一日の時間は24時間で、一年は365日。12か月あって、それぞれの月でイベントがあり、四季もあって、水道水が飲める。
「って、日本じゃねーか!」
早志の渾身のツッコミは、木霊となって、天に昇っていく。
ここは日本だった。いや、でも、日本ではない要素も多分にある。何と言っても、ファンタジーな雰囲気は日本のそれじゃない。街並みやそこにいる人々が、英雄の知るそれとは全く違うし、詳しくわかっていないのだが、魔法も存在しているようだ。
だから、ここは異世界だと結論付けたくなるが、早志は日本にいながらファンタジーな雰囲気を味わる場所を知っていた。
夢の国である。
つまり、ここは夢の国だ。夢の国では、中から外の世界を感じられないような工夫を凝らしていると聞く。だから、言語や通貨や時間やインフラ以外で感じるこのファンタジーな世界観は、企業努力の賜物に違いない。
「良かった。俺はちゃんと夢の国に来れたんだね。……って、そんなわけあるかー!」
早志の渾身のツッコミは、やはり木霊となって、天に昇っていった。
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