第8話 亀裂

 路上ライブを始めて1年がたった。

 その間、変わった事は響子が北高に入学、

「軽音同好会」への入部、同好会は晴れて「軽音部」になった。演奏にも慣れてきたし、レパートリーの数も随分と増えた。


 毎週3回の路上ライブ。

 あの女性はあい変わらず手拍子をしてくれている。

 見に来てくれる人も、少しだけ増えた…って言っても2人だけですけど…


 今日は練習の日。透は音楽室へと向かう。

 まだ響子しか来ていなくて、シンとしてる。

「今日はみんな遅いね…」と言いながら準備を始める。

 浩二と雅也、「リズム隊」がやってきた。

 この二人はバンドを組んでから、特に仲がよくなった。


「涼介、来ないね。」

「何か、用事あんだろ?」

「女だったりして?」

「んな訳ないだろーが!」


 涼介は家に帰っていた。

 寝っ転がりながら、アメリカンドッグを食べている。眼が若干、うつろになっている。

 初めてレッド・ツエッペリンを聞いた時の事を思い出していた。

 レコードから、針に伝わるノイズ、体を突き刺すギター、腹にズシンと振動をくれたドラムとベース、

 あれが忘れられなかった…


「こんなはずじゃ、なかったんだけどな〜」

ゴロリと寝返り。電話が鳴るが無視をする。

「何か、ヤル気がなくなってきたのかな…」

 そのまま、眠りについた。


 翌日、路上ライブの日、涼介の姿がなかった。

「アイツ、なにやってんだよ!」と透が声を荒げる。

「仕方ない、今日はボーカルなしでやろう…」


 涼介はすすきのの街をぶらついていた。家にいても、つまらなかったからである。

 途中でチンピラにからまれたが、頭をピョコっと下げて歩き出そうとした瞬間、路地裏に引きずり込まれた。


 翌日、休みの日。

 透が涼介の家に来てノックする。

「オーイ、涼介ー、いるんだろう?出てこいよ!」

 扉の向こうからの返事がない。

 雅也と浩二もやって来た。「ダメダ居ねぇ〜」


 涼介はすすきの繁華街の路地裏でうずくまってた。

「く、クソっ、痛てー!」

 フラフラと家に帰ってくると、透が待っていた。

「まったく、どこ行ってたんだ!喧嘩なら俺も誘え!」

 ボロボロになっていた涼介が口を開いた

「・・・・・・・」



 透の顔がこわばった。

 次の日、全員が涼介の家にあがりこんだ。

「どういうことだ!」雅也が息巻く。

「ちょ、落ち着け!」浩二がなだめる。


 透は何も言わない。

「…バンド、解散しよ。」

 涼介がボソッっとつぶやいた。


「俺はもっと、胸が熱く、燃えるようなギラギラした青春をしたいんだ!なのに、やってる事はビートルズのコピーバンド、客のこない路上ライブ、俺はこんな事をしたいから、バンド始めたんじゃねー!」


「だったら、どうすりゃいいんだ?ああ?お前がバンドやろうって言ったんだぞ!

責任取れや、オラっ!」雅也が怒り狂う。

「今の生活で満足なら勝手にコピバンしとけ!」涼介の息も荒くなってきた。

「やんのか?オラっ!」

「かかってこいや!」


 ふたりの衝突が始まった。

「ふたりとも、やめて!」響子が叫ぶ!

 でも、誰も止めたりしない。


 何故なら全員が両方の気持ちがわかるからだ。


 透、雅也、浩二も、レッド・ツエッペリンに出くわした衝撃を今でも忘れないし、ザ・青春バンドを結成した理由もレッド・ツエッペリンなのだ。


 しかし今は腕を上げなくてはならない、そんなジレンマが、全員にあったんだからこそ、誰もこの喧嘩は止められない。


ようやく、喧嘩は終わった。引き分け。涼介、雅也共に息をするのが精一杯で声も出ない。

家に帰ってきた親父さんに頭を下げると、雅也を担いで出ていった。


 ボロボロになった部屋を片付ける事もなく、ちゃぶ台を直し座るとコップを取り出し酒をついだ。


あ "〜っとため息をもらし、横たわっている涼介に話しかけた。

「どうした?」

「親父、俺…」

「ん?」

「俺は親父や母さんの過ごしたキラキラした青春を生きたいだけなんだ!」


 むせび泣いている涼介に

「なんだ、そんなことか?」

「やりゃいーじゃねーか?ツエッペリンをよ!」

「だって、まだヘタクソだし…」

「関係ねー!」

「ライブ見に来てくれる人を裏切ることにもなるし…」

「関係ねーってんだろ!考えすぎるな!」


 それでも、泣いている涼介に

「いつまでウダウダ言ってんだ!やれったらヤレ!」


 涼介が扉を出ようとした時、

「おい、涼介、」

「仲間は大事にしろよな、行ってこい!」


 外に出ると皆が涼介を待っていた。

「みんな、ごめんよ。俺が悪かった…」

「はぁ?何いってんの?」雅也が言う。

「お前が悪いってのは、昔っからだってーの!」


 雅也と涼介はお互いの顔を見て、そして吹き出す。

「やろうか?ツエッペリン」

「やろうぜ、ツエッペリン!」

 皆の気持ちが固まった。








「ほぉ〜、バンド解散と親友解消の危機だったんですね」

「あの時、家をめちゃくちゃにしたこと、悪かったな〜って、今でも思ってますよ」

「それにしても、ビートルズのコピバンを辞めるということですよね?」

「レッド・ツエッペリンは皆がバンドをやろうぜってなったバンドですからね、当然といっちゃ当然ですよ」

「さすがにこれからは順調に行くでしょう?」

「いえいえ、まだ壁はあったんですよ…」

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