第6話 練習するしかない

 薄暗い音楽室で透が口を開いた

「文化祭って、もう2週間ないんじゃないか?」

「出来んのかよ?俺達、昨日、初めてギター触ったんだぜ!」

「もう…やるしかない…やるしかないんだ」



 涼介が立ち上がりながら言葉にした。

「悩んでる暇なんてないんだ!やるしかない!俺達なら出来る!根性見せろや!」

 全員が「マジかよ…」って言いながら立ち上がる。


「おー!やっぱり、そうなってたのか!悪ガキ共!」

 新井先生が扉を開けるやいなや口走った!


「なんだお前ら、喧嘩は自信があっても、楽器には降参ってか?腑抜け共め!」

 皆の眼が怒りに変わった!


「やってヤローじゃねーか!」

「こんなもの、スグに使いこなしてみせらぁ!」

「寝ないで練習すれば、いいんだろう!」

「体育館をいっぱいにしてやるぜ!」


 そうなるように煽った新井先生は

「じゃあ、なんの曲するか、決めねーとな!」



 ビートルズのCDを何枚も出してきた!

「今から全部聞いて、どの曲にするか決めろ!それまで家に帰ることは、許さん!」


 CDを全部聞き終えると朝日がのぼっていた。

 本当は文化祭での発表曲数は3曲。

 さすがに無理だと2曲に減らしてもらった。

 実際、2曲をするにも厳しいんだけど…




「先生!」

 机にうつ伏せで眠ってる新井を涼介が起こす。

「おっ、う〜ん…決まったか?」

「はい!決まりました!」


 意見は割れたが曲が決まった。

・ペーパーバックライター

・ザ・ロング・アンド・ワインディングロード

 この2曲だ。


「おいおい、また難しいの選んだな!」

「そうなんですか?カッコよかったもんで…」 

「いいか、ビートルズってのは、日本人にはない、メロディーを選択することが多いんだ、だから、覚えるのは難しい…この意味、わかるか?」

「はい!必死で練習します!」


 音楽室で、新井が全員を見渡しながら言った。

「今日から練習が始まる!俺はお前らなら出来ると信じている!根性なら、誰にも負けないお前らだ!必ず成功させて、みんなを驚かせてやれ!」

「はい!」と徹夜したとは思えない元気いっぱいの返事が帰ってきた、


「ヨシ!じゃあ、今からチューニング、基本の練習方法は覚えているな?俺は譜面とメシを買ってくる!寝たいやつは仮眠をとれ!」

 新井がバタバタと音楽室を出ていった。


「え〜、今からやんのかよー」

浩二が大の字に寝っ転がりながら叫ぶ。

「とりあえず、顔を洗いに行こーぜ」



 音楽室を出る4人組。若いと言っても体は正直で少し動きが鈍い…重い足取りで洗面所に行く。


 顔を洗い、さっぱりとしたところで練習再開、チューニングの音とメトロノームのカチコチという音、スネアを叩く音が音楽室に溢れ出す。


 これが「ザ・青春バンド」の始まりなんだ!

新井先生もとい軽音同好会顧問が買ってきてくれたパンとコーヒー牛乳をくわえながら楽器を鳴らす。交代で仮眠を取りながらひたすら練習をしていると、お昼になっていた。


「頑張ってるかい?」

「かーちゃん!」

そこには「おかもち」を持った雅也の母親がいた。

「新井先生にね、今日から学校で合宿するから、よろしくお願いしますって電話があってね!」

「着替でも持ってきてくれたの?」

「みんな、お腹空かせてると思って」おかもちを開けた瞬間、いい匂いが充満する。

「ラーメンだ!」



 みんなが慌てて集まってくる。早く食べたいが、感謝と礼儀を忘れてはいけない。

「ありがとうございました!いただきます!」



 そう言うと、貪りつくようにラーメンを啜り込む。

「やっぱ、ウメーなー!お前ん家のラーメン」

「だろ?でもあんかけ焼きそばが良かった…」

「贅沢言うな!これから毎日持ってきてくれるんだぞ!」一気に平らげた。


 新井が楽譜を持ってやって来た。

「いいか、いきなりCDと同じように出来ると思うな!最初はゆっくり指が慣れるように、何度も繰り返すんだ!」

「それと、これを置いておく。」

 救急箱?これまで喧嘩をした時でも、治療なんてしたことがなかった4人組は、不思議な顔をしている。

「今にわかる」と言い残して出ていった。


「とりあえず、やってみよーぜ」

 譜面通りに指を持っていきたいけど、指が届かない…



「クソっ、もっと指が開けばいいのに!」

「コード?ってなんだ?CとかAmとか俺、英語苦手なんだよな〜」

「あ〜!足が耐えられない!」と浩二が叫ぶ!

「俺、リードギターやるんじゃなかったよ」と透が泣き言を言う。

「お前、ギター指名された時、喜んでたじゃねーか!」

「うるせー、こんなにムズいって知らなかったんだよ!」

「みんな、頑張ろうーぜ!俺等なら出来る!」

「オウ!」



 午後3時。

 新井顧問が現れた。

「全員、体操着に着替えるように!着替えたら校庭に集合!」

訳が分からなかったが、音楽の先輩を信じるしかないので、着替えて校庭へと急ぐ。

「ヨシ!今から校庭を10週走り込んで来い!」

「なんで?」

「うるせー、言う事を聞け!」竹刀を叩く音が響く。


「もっと、足をあげて!浩二!特にお前!もっとやれ!」運動音痴の浩二が涙目になりながら、走る。

「次は握力を鍛える!みんな、これを持て!」

 中身の入った瓶ビールがある。

「それを持って上下左右に腕だけで振り回せ!」



 振り回しているうちに、どんどんと手の力が無くなっていくのを感じる、瓶ビールを落としそうだ…

「その瓶ビールは透の父ちゃんから借りてきた!伝言だ!割ったら殺す!」

 皆、必死で落とさないようにがんばった。


「今日からはこのトレーニングは1日2回するからな!」

 音楽室へ戻る。昨日からほとんど寝てないのに、その上この筋トレはキツイ…皆、床に倒れ込んだ…透の父ちゃんに殺される前に死ぬ…そう思った。


「お兄ちゃん!頑張ってる?」浩二の妹、響子がお見舞い?応援に来た。

「響子ちゃ〜ん!」雅也のテンションが上がる!



「大丈夫ですか?」

「もう、響子ちゃんの顔を見ただけで元気100倍だよ〜」

「これ、持ってきました」

 袋から出してきたのは、スポドリといちごタルト。



「響子、またお前、告白されたんか?」

「うん。」

「何〜!俺の響子ちゃんに手を出そうなんて、100年早いわ!ぶっ殺す!」

 アニメなら炎のオーラが見えるであろう、雅也が怒り狂ってる。



「じゃ、頑張ってね」

 響子が、手を振りながら出ていった。

「あっ、響子ちゃ〜ん!」

 雅也が泣きそうな声で呼んでいたら…

「ねぇ、あたしがマネージャーしてあげよっか?」

 響子がヒョコっと顔を出しながら言った。

「響子ちゃ〜ん!」雅也が泣きそうに喜びながら叫んだ。


 交代で仮眠を取り、休憩時間にはCDを聞き、基礎練習、筋トレとやりながら1週間後…


「少し、慣れてきたんじゃないか?」

「そうだな、一度、合わせて見ないか?」

「いーねー!」

「1.2.3.4!」浩二のスティックを叩く音がする。

 グシャ〜ん!ダンダン、ボーン!まったく、合わない?


「もっと、テンポ落としたら行けんじゃね?」

「そうしてみるか?」

「う〜ん、最初よりかはマシだと言えばマシなんだけど…」


 新井顧問が入って来た。

「合わないのは、お互いの音を聞いてないからだ!」

「浩二、お前が要なんだ!リズムをしっかりキープだ!難しかったらリズムを取ることだけに集中しろ!」

「雅也、お前は浩二の音に合わせるんだ!」

「涼介、透、お前らはリズム隊の音をよく聞け!」

「それでやってみろ!」


 1.2.3.4....

 ジャーン!初めて音があった…



 それからゆっくりとしたテンポで合わせの練習をしていった。難しい所は新井顧問が簡単に出来るようにアレンジして、ひと通りできるようになった。


「オシ!コレなら行ける!」と思った時だった。皆が痛てててと言っている。

「オー、とうとう来たか!」

「見せてみろ!あ〜あ、こんなになっちまって…みんな、もっと前から痛かったんじゃねーか?」



 指と言う指、浩二に至っては手のひらのマメが潰れ、血が出ている。

「最初はこうなるんだよ。涼介、救急箱。」みんなの手を消毒し、絆創膏を貼る。

「これを繰り返して行けば皮が固くなって、よりやりやすくなるから、今は耐えろ。わかったな」

「今日は、これぐらいにして、一度家に帰れ!」

「いえ、まだやります!」

「無茶すんなよ」と、嬉しそうに新井顧問が笑った。


 もう一度、合わせる、もう一度、もう一度…

 絆創膏が血で染まる…でも、もう一度、もう一度…


「明日はいよいよ文化祭だ!お前らよくやった!

今日は、ゆっくり休め」久々の帰宅。


「ただいま〜」

「おう!久しぶり!頑張ったな!」

「親父…」

 涼介は泣きそうになりながらも笑顔を見せた。



 文化祭当日。

「それでは登場してもらいましょう、ザ・青春バンド!」

……結果は散々だった…



 いつもは狭い音楽室だったから気にならなかったが

 体育館の広さになると、音が聞こえない…音が壁に反射して聞こえたりするから、テンポがとれない…

 音は外すは喉は潰すは、透に関しては、初めて弦を切って怪我までしてしまった。

 そう、落ち込んでいると…



「どうだった?初めて感じる「恥」の味は?」

 振り返ると、そこには涼介の親父と新井顧問が立っていた。








「最初なんて、ひどかったもんですよ」笑いながら店主が話す。

「あれだけ練習して、報われないなんて…」

「でも、あれは宝物の時間だったなと今では思う」

「なんでですか?いっぱい練習したんでしょ?」

「最初に鼻を折られたから、よかったんですよ」

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