荒野の怪物(後編)

 荒野の怪物。

 奴は俺の読み通り、旧式の全身義体サイバネティクスボディの人間だった。


 後にわかったことだが、彼は元々、工場を運営していた重工会社の労働者だったようだ。

 あの告発文書を書いたのは、彼の友人であり同僚だった会社専属の研究者で、雇い先に秘密で不正を暴く為の研究を続けていたところを見つかった。


 研究者はその際に告発文書の一部を公表した。しかし、政府が裏で認めていた為か、その会社が中央街の裏社会とも通じていた為なのか──。


 工場がで倒壊したのはその翌日だった。


 当時の電子新聞を遡ってみると、工場の事故によって死亡した職員の中に、告発文書を作成した男と同じ名があるのを確認できた。


「荒野の怪物も、事故で重症を負った者の一人だったらしい。彼は、事故の後遺症から逃れる為に身体を全身義体サイバネティクスボディに置き換えることとしたが、彼が選んだのは人型の義体などではなく、戦闘用の物だった」


 社長爺さんは、そう俺に事の真相をまとめて教えてくれた。


「戦闘義体を選んだのは、同僚の無念を晴らす為に。同僚が工場跡地のどこかに告発文書を隠していたことを、死の間際に知らされたそうだ。彼は事故から逃れるよりも、同僚の残した物を守ることを選んだ。ボクのように世間に公表できる者の手にあの文書が渡るまで、いつまでも」


「あの怪物はどうなった?」

「死んだよ」

「そうか」


 これもまた、予想はしていた。

 あの義体は、何十年もの間、砂漠の中で過ごしていたことにより大きく劣化していた。その内部にあった彼の臓器も当然、年相応に、だ。


「ボクに真実を包み隠すことなく教える為、人間型の義体に身体を移すことを受け入れてくれた。事実、全てを伝えた後に、使命を終えたとでもいうかのように、息を引き取ったよ」

「そりゃあ──」


 俺はネットワークを開き、社長爺さんが公表した、告発文書についての報道ページを見た。そこには先程、社長爺さんが俺に語った真実が事細かに、しかし簡潔にまとめられていた。きっとこの記事を見た人々は社長爺さんの思惑通り、政府のタブーについて大いに興味を持つだろう。改めて、俺は社長爺さんの流石の手腕に唸った。


 それに関連して、複数の政治家の失職、重工会社の潰れたニュースなどが流れてくる。ほとんどはトカゲの尻尾切りだろう。責任逃れのために、それっぽいポーズが各所でなされるだけのことだ。俺は腹がいっぱいになった気分になり、すぐにページを閉じた。


「政府のひた隠しにしていた真実。もしや、あのホールの真実とも繋がりがあるのではないかと疑ったが、今回は空振りだったようだ」


 社長爺さんはそうポツリと言葉を零した。


「そのことについてはあまり口にしない方がいいんじゃなかったっけか?」

 冗談めかせて俺が指摘すると、社長爺さんは小さく笑った。


「こんな愚痴を吐けるのも君相手くらいなんだ。少しくらい許してほしいね」


 社長爺さんが言っているのは、俺も協力を頼まれているこの街最大のタブーについての話だ。


 アウトホールシティの存在そのものを揺るがしかねない真実。社長爺さんはそれを追い求めて、日々街を駆け巡り、取材を続けている。

 タブーを明かしたい、という社長爺さんの変態めいた使命感には辟易することもあるが、そうした部分には流石に感心する。


「お目当てとは違ったが、己の身を全て機械に換え、人生を賭けてまでも文書を守りたかった姿勢には記者として、最大限の敬意を払ったつもりだ。彼らのような者がいるからこそ、ボクたちは戦っていけるのだから」


 ──人生を懸けて守りたい物、か。

 俺にも、そういう物はある。この街での生活、相棒との日々は俺にとって掛け替えのないものだ。それを守るためならきっと、全てを投げ打って生きることを選択するくらいのこと、してもおかしくないのかもしれない。

 できることなら、俺も彼の話を聞きたかったな、と思う。


 ビルの窓外には汚らしい街が見える。

 その街は今日もまた、変わることなくギラギラと、全てを呑み込むように鈍く輝いて見えた。




……To be continued

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