荒野の怪物(中編)

 怪物は地面を潜って俺達の前に現れた。

 どうもあの怪物は地盤下に存在する地下道を土竜のように利用し、工場跡地を移動していたようだ。

 その為、地上にいた人間は奴の襲来には始めは気付かず、そして引き摺り込まれていたらしい。


 スノウが周辺を改めて解析スキャンしてくれた為、行方不明の運び屋や構成員に生存者はいないことも確認できた。わかってはいたことだが。


 怪物の表皮に苔が付着していたのが功を奏した。反響定位エコーロケーションで作成した地下道地図上に、それをマーカーに奴のをスノウが特定してくれた。


「これは……」


 スノウのキティが、戸惑いの声をあげた。

 怪物の棲家、そう特定された地下道先にあった小部屋。

 そこは実験室だった。


 埃こそ被ってはいるが、地上の工場跡地のように破壊や荒廃の痕は見られない。


「あいつは此処を拠点にしてたのか?」

「そう言えばヴァイパーさん、さっきあの怪物はロボットじゃないって」

「ああ。おそらく奴のアレは、全身義体サイバネティクスボディだよ。随分旧型だが、間違いなく」

「本当に?」

「戦場でも飽きる程に見た、戦闘用義体と呼吸音が同じだった。そこが元々人間だったサイボーグか、最初から機械だった者かの違いだよ」


 俺の身体には、虫の感覚器官にも似た、人間の吐く二酸化炭素を察知する器官が移植されている。かつて戦場で敵の居場所を特定したり、相手が人間なのか機械なのかを探るのに役に立った。

 全身義体サイバネティクスボディも、未だ人間の心臓や肺、脳といった臓器までをも完全に機械に置き換えるまでの技術には至っていない。それ故、元が生き物である義体置換者サイボーグと、そうでない無人機ロボットの区別は、呼吸の有無によって可能だ。中には生体部品を利用している為に人間に似た呼吸をする無人機ロボットがいないわけでもないが、やはり元人間のそれとは異なる。


 その違いは旧式である方が顕著だ。


「だからヴァイパーさんは、怪物が人間であると見抜けたと……」

「経験則だからデータで語れるようなモンでもねえんだけどな。あんたの上司のロビンなんかには、そういうのはちゃんと定量化して他の奴らでも参照できるように検証結果を残せ、なんて散々言われるが」


 そうか、そうだ。検証結果か。もしかして此処は──。

 俺はあることに思い立ち、部屋中の引き出しや戸棚を開け始めた。


「ヴァイパーさん? 何やってるんですか」

「スノウ、お前も手伝え。レポートとかノートパソコンとか、そういうのだ。探せ」

「え。わ、わかりました」


 十数分程、実験室を物色し続けて、ようやく実験用具の中にアナログな金庫が紛れているのを、スノウが見つけた。

 金庫を律儀に開くこともないと、俺は高周波ヴィブロナイフで金属を斬った。中には更に強化ガラス製の容器があったので、それも斬る。


 中には古く黄ばんだ、紙の束があった。


「こりゃ何だ」

「学術論文、じゃないでしょうか」

「このご時世に? 紙の束で? 何十年も前のものだとしても、もう電子化してるだろ。いや、俺も他人のことを言えないんだが」


 我が探偵事務所は、誰もが電子マネーを利用しているこの時代にも関わらず、報酬の受けつけは現金のみとしている。


「ヴァイパーさん、開いてくださいよ。私じゃページ捲れないんで」

「わかった」


 俺はスノウにも見えるようにページを捲った。

 ほとんどが専門的な用語で書かれており、内容を完全に理解することは出来なかったが、要所要所にある文字列を拾い上げて読んでいくことで、何の為に書かれた文書なのかは理解できた。


「ヴァイパーさん、これ論文じゃないです。ですよ」

「ああ、そのようだ」


 厳重に保管されていた文書に書かれていたのは、この工場で行われていた不正行為とその証拠、更にはその不正行為が周囲の土壌や環境にどんな影響を与えるかといった研究の報告結果。他にも誰がその指示を行い、工場が実際に動作するまでの指示系統などが、事細かに綴られていた。


「確かにそんな噂を聞いたことはあったが」

「凄いです。これだけのことが曝露されてしまえば、否定のしようがない筈です。うわ、現職のお偉いさんの名前も並んでる……」

「これ全部、読取スキャンできるか?」

「既にキティの眼を通して見たものを全て電子テキストに置き換えて社長のところに送ってます」

「流石」


 社長爺さんであれば、これだけの特ダネ、嬉々として報道に漕ぎ着ける筈だ。調査会社の社長なんてポジションに座りはしたが、あの人が根っからのジャーナリストであることはよく知っている。


 告発文書を片手に地下から地上に戻ると、あの怪物が俺達を待ち構えていた。


「あんた、これを守ってたのか」


 俺は告発文書を掲げた。

 怪物は臨戦体制を整えるかのように地面を踏み締めたが、俺はそれを慌てて手で制した。


「待て。待ってくれ。俺はマフィアじゃない。俺は探偵で、依頼主は報道会社の社長でな。これが中央の言うことなんざガン無視で、タブーを恐れずに不正やスキャンダルを公表することで興奮するような変態爺なんだが、あんたにとっても、それは悪いことじゃないだろ」


 怪物に俺の言葉が届いたらしい。四つ脚をたたみ、その場に猫のように座った。


「既にこの文書のことは、その爺さんに送ってる。きっと、喜んで外に公表するだろうよ。──これで良かったか?」


 怪物は頷くように上半身を縦に揺らした。

 俺はホッと一息を吐き、スノウのキティと顔を見合わせて笑った。

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