Chapter15 : Hidden Room Keeper in the Desert
荒野の怪物(前編)
中央街の玄関口から出て
かつてこの地にあった旧式の
中には事故は人為的なモノであり、工場施設ごと隠蔽するのが目的だったなどの陰謀論を口にする者もいる。
どちらにせよ、この広大な土地が砂漠化してから数十年、ここは捨てられた場所である、ということだけが確かだ。
「そんな場所に、本当にいるんでしょうか」
荒野の中にある工場跡地の前に
正確には猫型の
「怪物の噂。所長は、証言の確実性はあると言っていましたが」
「あの爺さんがそう言うなら確かだろうよ」
スノウのところの
政府にも捨てられた誰も足を踏み入れない筈の荒野。それは、人の目を隠す必要のある人間にとって都合の良い場所ということでもある。
事実、荒野内の工場跡地は、
「しかし彼らは現在、工場跡地の利用を控えています」
「怪物だな」
「はい」
工場跡地に近付いた運び屋や受け子が、行方不明になる事件が続発したのだ。組も調査に乗り出したが、その調査に赴いた構成員の多くも荒野から帰ってくることはなかった。
「唯一、荒野から組に連絡をした構成員の一人が口にした言葉。それがここには怪物がいる」
「その言葉を残した構成員も、組に戻っては来なかったそうです」
「それで撤退、ね。組の
「元々が小さな組です。危険と見れば直ぐに手を引く。そうすることで、クヴァトや
「そんなんだから弱小のまんまなんだ」
「弱者には弱者の生き方がありますよ、ヴァイパーさん」
──それもそうか。スノウも元々、犯罪組織の跋扈する中央街で人身売買などの犯罪に巻き込まれていた弱者だった。そこから脱して調査会社の職員として職を得てから間もない。故に、弱い者の気持ちには思うところも大きくあるのだろう。
あまりその辺りを掘り返しても仕方ない。俺達の仕事は、その怪物の正体を探ることだ。
弱小組織も手を引き始めているとは言え、失った人員が戻り取引ルートを復活させられるならばそれが一番であり、調査会社へ依頼、そこから外部の調査員として探偵の俺が雇われた。
調査会社の社長とは浅くない仲であり、借りも山程ある。そんな中、弱小とは言え
果たして怪物の正体は、かつて工場跡地を取引現場としていた組織が迎撃システムを組んでいた、組に恨みを持つ者による犯行、またはそうした者に雇われた殺し屋か。
「まずは取引現場まで行かないことにはな」
「はい。案内しますので足を止めないでくださいね」
スノウの操る
調査会社の調べで、怪物が出現した範囲は特定済みだ。
猫に誘われるままに工場跡地を進む。屋根や壁はほとんど全て倒壊したか崩れており、あるのは鉄骨も剥き出しになった柱ばかりだ。工場が見捨てられてからも数年以上酸性雨は荒野に降り続け、穿つ雨が建物を喰いつくしたという。
「この辺りの筈ですが」
猫がピタリと足を止めた。
尻尾が触れているのは、周囲の様子を
俺も周囲に目を凝らし、誰かの気配がないかを探る。
「下です!」
スノウの焦る声が猫から発せられた。
俺は咄嗟にスノウの声に反応し、足下を見て走り出した。さっきまで立っていた、崩れた砂の大地から何かが勢い良く飛び出して来る。
緑の巨躯。
砂の荒野には似合わぬその大きな身体を震わせて、その怪物は俺を見た。
怪物は躊躇うことなく、四つ脚で駆け、俺に飛び掛かってきた。
近くの柱の陰まで急いで走り、怪物の鋭い爪を避けた。
「おい、スノウ。何だあれ」
「おそらくアレが怪物かと」
「それはわかってんだよ」
四つ脚で大地を踏み締めるそれは、目測でも5mはある。身体を覆う緑は、よく見ると苔だ。苔むした体躯の一部に大きな穴が空いており、その穴のある方を前にして動いている。
「成程、確かに」
アレを怪物と呼ぶ他に表現しようがなかった組の構成員の気持ちもわかるというものだ。
「あの怪物の表皮、旧式義体にも使われたカーボン繊維です」
怪物の猛攻の中、スノウはしっかりと敵の分析をしていたようだ。頼りになる仲間で助かる。
「表皮ってのはあの緑色の下ってことか?」
「はい。苔の下は人工繊維です。この
「──ふうん?」
初手の奇襲には驚いたが、この手の相手は戦場で慣れている。
──人間の駆動域を超える
対応の仕方さえ分かっていて、こちらにそれを出来るだけの力があるなら恐れる敵ではない。
俺は懐の
緑の体躯に空いた二つの穴がこちらを向く。
突進する怪物の前脚関節を狙う。ギリギリまで引き付けて、鉄脚を槍のように持ち上げた。
そして俺の読みでは旧式のカーボン繊維を使ったこの機体おそらく──。
腕の筋肉に渾身の力を込める。鉄脚を振り降ろす。投槍ではなく、鉄脚を握り締め、怪物の脚の付け根を穿つように押し込む。
金属の軋む音がした。確かに苔むした身体の下には機械の身体がある。
「スノウ!
「え? あ、はい!」
その瞬間に俺は鉄脚を手から離す。バチリと火花が散る。
巨躯が地面に叩きつけられた。
倒れた怪物に突き刺さった鉄脚を改めて握り、関節を外す。
「倒れた?」
スノウの
「いえ。確かに
「ここまでじゃない、と?」
「は、はい。これじゃあまるで」
「こいつは
俺はスノウに着いてくるよう手招きをした。
「スノウ、あいつが来た方角を
「できます!」
「こっちです!」
ちらりと後ろに倒れる怪物を一瞥して、俺はスノウの導く方向に向かった。
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