Chapter15 : Hidden Room Keeper in the Desert

荒野の怪物(前編)

 中央街の玄関口から出て単車バイクを10km走らせると、文明の残り香すら感じられない荒野に出る。


 かつてこの地にあった旧式の義体サイボーグ工場の事故によって土壌と大気が汚染され、周辺の植物は全て枯死。旧式義体サイボーグの原料として使用されたカーボン繊維の合成の為に不可欠であった水溶性酸化物の為に酸化された土地には他の生き物すらも住めなくなり、見事に砂の荒野が誕生した、とされている。

 中には事故は人為的なモノであり、工場施設ごと隠蔽するのが目的だったなどの陰謀論を口にする者もいる。


 どちらにせよ、この広大な土地が砂漠化してから数十年、ここは捨てられた場所である、ということだけが確かだ。


「そんな場所に、本当にいるんでしょうか」


 荒野の中にある工場跡地の前に単車バイクを止めると、単車バイクに積んだ荷台からぴょこりとキティが飛び出した。

 正確には猫型の動物機械アニマルロボットであり、中央街から遠隔操作されている。

 キティを操るスノウは、俺に仕事を依頼した調査会社の職員だ。


の噂。所長は、証言の確実性はあると言っていましたが」

「あの爺さんがそう言うなら確かだろうよ」


 スノウのところの社長ボスが、わざわざ探偵事務所を通して俺に依頼をした。と言うのなら、それだけの理由があるのはわかっている。


 政府にも捨てられた誰も足を踏み入れない筈の荒野。それは、人の目を隠す必要のある人間にとって都合の良い場所ということでもある。

 事実、荒野内の工場跡地は、裏組織マフィアの取引にも使われている。少し前まで中央街を拠点としていた大勢力の一つが使っていたが、その組織は先日、他組織との抗争で頭をなくしたばかり。使用者に穴の空いた取引ルートを、郊外の小さな組が丸々横取りした、と言うのが、調査会社爺さんの調べだ。


「しかし彼らは現在、工場跡地の利用を控えています」

だな」

「はい」


 工場跡地に近付いた運び屋や受け子が、行方不明になる事件が続発したのだ。組も調査に乗り出したが、その調査に赴いた構成員の多くも荒野から帰ってくることはなかった。


「唯一、荒野から組に連絡をした構成員の一人が口にした言葉。それが

「その言葉を残した構成員も、組に戻っては来なかったそうです」

「それで撤退、ね。組の面子メンツや仇打ちの為に、怪物とやらを討伐しようって発想にはならんかね」

「元々が小さな組です。危険と見れば直ぐに手を引く。そうすることで、クヴァトや偉大なる興行主ザ・グレイテストショーマンズなどの大勢力がいる中、何とか生き延びてきたんでしょう」

「そんなんだから弱小のまんまなんだ」

「弱者には弱者の生き方がありますよ、ヴァイパーさん」


 ──それもそうか。スノウも元々、犯罪組織の跋扈する中央街で人身売買などの犯罪に巻き込まれていた弱者だった。そこから脱して調査会社の職員として職を得てから間もない。故に、弱い者の気持ちには思うところも大きくあるのだろう。


 あまりその辺りを掘り返しても仕方ない。俺達の仕事は、その怪物の正体を探ることだ。

 弱小組織も手を引き始めているとは言え、失った人員が戻り取引ルートを復活させられるならばそれが一番であり、調査会社へ依頼、そこから外部の調査員として探偵の俺が雇われた。


 調査会社の社長とは浅くない仲であり、借りも山程ある。そんな中、弱小とは言え裏組織マフィアが撤退するまでに至った案件、暴力沙汰になりそうだからと、そういう荒事に慣れた俺が派遣された次第だ。


 果たして怪物の正体は、かつて工場跡地を取引現場としていた組織が迎撃システムを組んでいた、組に恨みを持つ者による犯行、またはそうした者に雇われた殺し屋か。


「まずは取引現場まで行かないことにはな」

「はい。案内しますので足を止めないでくださいね」


 スノウの操る猫型キティ機械ロボットに着いていく。

 調査会社の調べで、怪物が出現した範囲は特定済みだ。

 猫に誘われるままに工場跡地を進む。屋根や壁はほとんど全て倒壊したか崩れており、あるのは鉄骨も剥き出しになった柱ばかりだ。工場が見捨てられてからも数年以上酸性雨は荒野に降り続け、穿つ雨が建物を喰いつくしたという。


「この辺りの筈ですが」


 猫がピタリと足を止めた。

 尻尾が触れているのは、周囲の様子を解析スキャンする機能だ。

 俺も周囲に目を凝らし、誰かの気配がないかを探る。


「下です!」


 スノウの焦る声が猫から発せられた。

 俺は咄嗟にスノウの声に反応し、足下を見て走り出した。さっきまで立っていた、崩れた砂の大地から何かが勢い良く飛び出して来る。


 緑の巨躯。


 砂の荒野には似合わぬその大きな身体を震わせて、そのは俺を

 怪物は躊躇うことなく、四つ脚で駆け、俺に飛び掛かってきた。


 近くの柱の陰まで急いで走り、怪物の鋭い爪を避けた。


「おい、スノウ。何だあれ」

「おそらくアレがかと」

「それはわかってんだよ」


 四つ脚で大地を踏み締めるそれは、目測でも5mはある。身体を覆う緑は、よく見ると苔だ。苔むした体躯の一部に大きな穴が空いており、その穴のある方を前にして動いている。


「成程、確かに」


 アレを怪物と呼ぶ他に表現しようがなかった組の構成員の気持ちもわかるというものだ。


「あの怪物の表皮、旧式義体にも使われたカーボン繊維です」


 怪物の猛攻の中、スノウはしっかりと敵の分析をしていたようだ。頼りになる仲間で助かる。


「表皮ってのはあの緑色の下ってことか?」

「はい。苔の下は人工繊維です。このキティと同じで誰かが操っている機械ロボットなのでは」

「──ふうん?」


 初手の奇襲には驚いたが、この手の相手は戦場で慣れている。

 ──人間の駆動域を超える機械ロボット生体兵器バイオマシンを遠隔操作する脳接続ブレイン・アバターインターフェイスは、全身義体サイバネティクスボディ以上に多くの使用者ユーザーのいる技術である。つい先日も、中央街で分身アバターを利用して殺し合いをする地下闘技場ドゥオモの摘発にも手を貸したばかりだ。

 対応の仕方さえ分かっていて、こちらにそれを出来るだけの力があるなら恐れる敵ではない。


 俺は懐の高周波ヴィブロナイフを取り出し、工場跡地の柱から突き出した鉄脚を斬った。


 緑の体躯に空いた二つの穴がこちらを向く。

 突進する怪物の前脚関節を狙う。ギリギリまで引き付けて、鉄脚を槍のように持ち上げた。


 義体サイボーグであろうが、生体兵器バイオマシンであろうが、動物アニマルタイプは関節が弱い。駆動を止めれば、反撃の機会が生まれる。

 そして俺の読みでは旧式のカーボン繊維を使ったこの機体おそらく──。


 腕の筋肉に渾身の力を込める。鉄脚を振り降ろす。投槍ではなく、鉄脚を握り締め、怪物の脚の付け根を穿つように押し込む。


 金属の軋む音がした。確かに苔むした身体の下には機械の身体がある。


「スノウ! 高電圧銃スタンショック!」

「え? あ、はい!」


 キティが尻尾をピンと立てる。しなる身体で飛び上がり、怪物に尻尾の先で触れる。


 その瞬間に俺は鉄脚を手から離す。バチリと火花が散る。

 巨躯が地面に叩きつけられた。


 倒れた怪物に突き刺さった鉄脚を改めて握り、関節を外す。


「倒れた?」


 スノウのキティがおそるおそる俺の足下から怪物を見た。スノウがキティの尻尾から放った高電圧銃スタンショックは絶大な効果だったが、当のスノウが状況を理解していないようだった。


「いえ。確かに脳接続ブレイン・アバターインターフェイスで操られた分身アバターには電撃が効くことは多いし、場合によっては接続リンクを外すこともできますが」

「ここまでじゃない、と?」

「は、はい。これじゃあまるで」

「こいつは無人機ロボットじゃない」


 俺はスノウに着いてくるよう手招きをした。


「スノウ、あいつが来た方角を解析スキャンできるか?」

「できます!」


 キティがさっきここに来た時と同様に尻尾を揺らす。


「こっちです!」


 解析スキャンが終わり、キティが走り出した。

 ちらりと後ろに倒れる怪物を一瞥して、俺はスノウの導く方向に向かった。

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