参考文献4

穴(ホール)

 アウトホールシティ。その外側に存在しているホール


 それは大戦争ザ・ウォーの残した遺物であり、また未来への希望でもある。

 あのホールが何であるのかを知っているのは、市長ならびにその研究と運用を任された者だけだ。

 街にも稀に、大戦争ザ・ウォーの残り滓として、ホールを知る者も現われはするが、そうした存在は全て、市長直属の兵隊によって排除されている。


 私なんかは在野で幽霊ゴースト研究をしていた数寄者に市長からの招集を受けた口だ。街の管理外で擬似科学オカルトを続けるくらいならば、公の機関の下で行うのも悪くはないとホール研究に加わった。


 この記録も、市長の許可を得て、公的に残すものであるが、報告書のような無機質なものではなく、次に市長の下でホール研究・運営の任を受けることになる後継に向けて、私の所感を残すものである。


 ホールとは言葉通り、この世とあの世をつなぐ穴である。


 死者の国アストラルワールドの存在もまた、市井しせいの人々には隠されるべきことであるのは言うまでもない。


 死者の国アストラルワールドが存在するといことを市民が知れば混沌カオスの元凶にしかならず、また大戦争ザ・ウォーのような覇権戦争の引き金となるであろう。

 だから、このホールの存在は良識な者達の手で管理されるに限るし、決して外部に漏らすべきではない。


 アウトホールシティは、ホールからのエネルギーをもとに街をどれだけ発展させることができるかを試す実験場である。

 ホールからはエネルギーを吸い取る星幽補給路パイプラインが引かれ、市の中央に集められる。それを動力源として街の電力は賄われ、街を発展させる。


 ホールから供給されるエネルギーを街のために有用なものにする方法を確立するために多くの年月と人材を費やした。この積み上げを、我々は決して無駄にしてはならない。アウトホールシティに存在する発電施設は全部で3つだが、そのうちの2つが幽体アストラルエネルギーを利用した発電を行っており、我々が管理している。

 幽体アストラルエネルギーを利用した発電はできても、通電施設などは未だ従来のままであり、エネルギー効率にまだまだ課題がある。その為、幽体アストラルエネルギー研究目下の狙いは発電施設のみならず、通電システムを含めた既存のエネルギーライフラインの多くをこのホールを利用したものに置き換えることだ。


 だが、その為にはまずはホールの制御が必要だ。我々は未だこのホールというギフトを充分に理解しているとは当然言い難い。


 ホールからのエネルギーは、どれだけ利用することができるのか。または、どれだけ利用してはいけないのか。その実験を、我々は何世代にも渡って行っていかなければならないだろう。


 欲をかきすぎて、この世とあの世の均整バランスが崩れるようなことがあってもいけないし、ホールを必要以上に利用して生者と死者の境界線を曖昧にすることも避けるべきだ。その為には培われ続けた研究成果と、それを運用する我々あってのことだ、というのは、この任についてホールの様子を見ていてば、自然と理解できることだと思う。


 何せ死者の国アストラルワールドだ。


 ホールの近くでは、亡霊ゴーストが目に見える形で現れることも少なくない。それも、ホールに近づいた者に呼応して、ホールはその縁者の魂を呼び寄せる。


 亡くなった親類や友人の亡霊ゴーストいざなわれ、に行って戻ってこなかった職員は少なくない。

 今はそんな悲しい事故を避ける為、ホールの観測は星幽補給路パイプラインを通してだけと固く定められている。ホールに直接近づくことは禁じられているが、それでも亡霊ゴーストの呼び声にあてられて、ホールの向こうへ行ってしまう者は後を絶たない。


 先日も、長年共にホールの観測を続けてきた同僚が、ホールの向こう側へ行ってしまった。彼が学生時代に下宿していた学寮の寮母の死の知らせがあり、ちょうど彼はその魂をホールに見てしまった。

 こうしたことを避けるため、職員はあらかじめ身辺調査が行われ、できるだけ家族や友人のいない人間で構成されるが、職員の人間関係を全て管理できるはずもない。我々にできるのは、あのホールが危険なものであることを常に忘れないことだけだ。


 死とは、そこにあることがわかっていれば、人間の目には甘美に映る物らしい。

 私も何度、ホールの向こうに行くことができたらいいかと夢想したか知れない。

 なにせ、ホールの前では、目をあげればそこに死んだ息子や妻、そして友人達の姿が見える。そして呼びかけてくるのだ。

 それに耐えられる人間など、そうはいないだろう。

 自分も彼らと同じ、へ。そう考えてしまう彼らのことを、私は責めることができない。


 かつて古の人々は死者と交信することができたという。

 それが本当がどうかは定かではないが、それが本当だとしたら、我々のように死者と交信することの危うさから、その方法を後世に伝えることを諦めたのかもしれない。


 我々もそれに倣うべきだ。

 矛盾したことを言っているつもりはない。先ほど言った言葉を、別の角度から肯定しているだけだ。

 つまり、何度も繰り返すように、死者の国アストラルワールドの存在を市井の人々は知るべきではない。

 だが、我々は知っている。知っている者には責務があるのだ。かつて人々が死者と交信していたかもしれない時代、祈祷師シャーマン達がそういう立場にあったのと同じように。


 そして誇りに思ってくれると嬉しい。


 より良い世界のため、死者の国アストラルワールドを管理し、研究するこの任に就けたということに。

 我々は歓迎する。


 ようこそ、選ばれし者たちの世界へ。




(アウトホールシティ公文書より一部抜粋)

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