ノエルの日記(後編)

File6

 今日は少し事態が好転した。

 先日、街内の至る所にゲリラ的に電子広告が配布されるという事件が勃発したのだ。

 その電子広告には、仮面の男の演説動画が添付されていた。演説と言ってもK.A.Cキングアミューズメントコメディアンを名乗る仮面の男が、身振り手振りも使いながら、現在の街の様子を面白おかしい口調で説明する物で、近日、この状況を放置する市庁の前でパフォーマンスをするという旨を宣伝していた。


 そんな謎の芸人コメディアンの話題で街は持ち切りだ。

 話題の芸人コメディアンの芸を見ようと、多くの住人が、市庁舎前に詰め寄せた。

 これを重くみた市は警官隊を派遣したが、その警官隊の中に混じっていたK.A.Cが花火を使った派手な演出で登場。

 道化師ピエロの格好をしたK.A.Cと、彼の味方らしい数体の家事代行機械メイドロボットが、高電圧銃スタンショックを使って警官隊を撃退してしまった。そのまま彼らは市庁舎前の広場に、パフォーマンス用のスペースを確保した。


 後から聞いたところによる、どうやら、K.A.Cキングアミューズメントコメディアンもロビンやヴァイパーさんの協力者らしく、この日の襲撃から目を逸らすために一役買ってもらったらしい。


 彼らのパフォーマンスに組織と興行師ショーマンの目が向く隙をついて、ヴァイパーさんとタハラさん、それに彼らが集めたスラムの暴徒や二つの組織に一泡吹かせたい地下組織レジスタンスが、それぞれ事前にロビン達が突き止めていた組織顧問テヴューの居場所と偉大なる興行主ザ・グレイテストショーマンの居城に突撃した。


 その様子を、ロビンは自身の分身アバター動物機械アニマルロボットキティ達を使って援護バックアップ


 私達姉妹も何体かのキティの操作を任せられた。


 タハラさんとロビンはテヴューのところへ。

 そして私はヴァイパーさんと一緒に、偉大なる興行主ザ・グレイテストショーマンの勢力を率いる興行師ショーマンの居る地下施設ドゥオモに突入。

 普段ならここで行われる興行ショーを観に来た観客が溢れかえっているのだけど、今日はその観客も市庁舎前に行っていて、かなり閑散とした様子だった。


 私達の最終目標は興行師ショーマンの操作する特殊爆弾マイクロボムの解除。


 彼の手駒の多くは剣闘士ファイターと呼ばれる戦士達で、彼らの脳には興行師ショーマンに歯向かえば辺りを巻き込んで爆発する爆弾が埋め込まれいる。


 しかし、この爆弾さえ解除できれば、興行師ショーマンに離反する剣闘士ファイターも大勢現れ、抗争を止める為の一手になる。そう見越したタハラさんがこの作戦を立案、指揮した。


 だが、特殊爆弾マイクロボム機関システムは公的なネットワークからは独立スタンドアロンしており、直接叩くしかない。


 その独立機関スタンドアロンのある地下施設の奥に向かう私達を、剣闘士ファイターの一人が阻んだ。


 二足歩行する鰐のような姿をし、その両手に刀を握る二刀流の剣闘士ファイター。その姿は、昔世界の神話の本で見た鰐の神様セベクに似ている、と思った。

 この剣闘士ファイターが、今は興行師ショーマンの手ごわいボディーガードなのだということも、事前に調べはついていたけれど、実際にいざ目の前にするとキティ越しに送られてくる映像を見ているだけな筈なのに、その迫力には背筋から冷える思いをした。


 だが、ヴァイパーさんは怖気づいたりはしなかった。

 私を助けてくれた時に見たのと同じように、敵の動きをより早く察知し、紙一重で攻撃を避けると、鰐に向けて銃弾を放ち続けた。


 鰐の動きはその巨躯に関わらず俊敏ではあったけど、それはヴァイパーさんの比じゃない。

 ヴァイパーさんはそんな強敵相手に善戦し、遂には鰐の脊髄を銃弾で砕き、行動を停止させた。


「お前もじき自由になる」


 意識を失いかけた剣闘士ファイターに向けて優しく語るヴァイパーさんの様子は、私を救い出してくれた時と同じように、キティの目を通して英雄ヒーローに見えた。


 結論から言えば、私達は特殊爆弾マイクロボムの解除に成功した。興行師ショーマンは二刀流の剣闘士ファイターが倒された頃には既に脱出していたらしく、部屋はもぬけの殻だった。


「暫くは奴もこれまでみたいに大きな権力を振るえんだろ」


 ヴァイパーさんは悔し気に歯噛みしながらも、そう呟いた。


File10

 3月31日。逃亡生活最後の日。

 街を自由に歩けるようになったお祝いに、私達は真夜中にロビンに連れられ、ヴァイパーさんの行きつけという焼肉屋に向かった。

 この焼肉屋は今時珍しく、本物の鶏を店長が絞めて捌いた焼き鳥を提供しているのだとか。


 焼き鳥は私も大好物で、その話を聞いた瞬間思わず涎を垂らした私は、お姉ちゃんに嗜められてしまった。


 あのK.A.Cのパフォーマンスの日、組織顧問のテヴューはタハラさんにより警察に引き渡され、組織は事実上の活動停止。これまで放置されていた地下闘技場ドゥオモも市の公安課の捜査が入り、閉鎖したそうだ。


 興行師ショーマンの死体が、街から離れた川岸で見つかったのだ。

 顔が鰐に噛み潰されたみたいになっていたその死体を見つけたのはカインで、五指に宝石を煌めかすその手は残っていたが、胴体はズタズタに切り刻まれ、腕も綺麗に左右対称に切り取られ、まるで二本の刀で同時に切断されたようだ、と警察は語ったと言う。


「とは言え直ぐにまた同じようなとこが出来るだろうな」


 ロビンは焼き鳥を物凄い速さで食べながら、そんな諦観的なことを言った。


「組織と興行師ショーマンの動きが抑えられた代わりに、地下組織レジスタンスに紛れた排斥主義者テロリスト達の動きが活発になって来てる。ボクはこいつらの動きも注視して、街の人々に伝えるつもりだ」


 タハラさんは酒瓶を片手にそう語った。全身義体サイバネティックボディでも酔っ払うんだ、との疑問を口にしたら「お爺ちゃん、こう言う日はワザと酔い止め機能を停止してるから」とロビンさんが教えてくれた。


 お姉ちゃんは、事態が収束しても、ロビンの元でお手伝いさんをすることに決めたらしく、私もそれに付き合うことにした。


 ヴァイパーさんはどうするの?

 私が聞くと、ヴァイパーさんは少し考え込む素振りをしてから、カインを見た。


「またスラムに戻って、依頼を待つ生活に戻るよ。あんたも人探しの依頼があったらいつでも来なよ」


 そう言う彼の笑顔を見て、私はちょっとドキッとした。


「どうせその時は私も駆り出されるんだろ。クソヴァイパー」


 拗ねたように悪態をつくロビンを見て、今度は皆で笑った。


File11

 4月1日。今日から新生活。 特筆すべきこと、なし。 

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