Chapter14:Black kitty's diary

ノエルの日記(前編)

File1


 あー、テステス。(間)


 3月22日。逃亡生活1日目。

 私はノエル。今日からお姉ちゃんのスノウ共々、ロビンさんのところでお世話になることになった。

 それに伴い、以前から付けていた日記を改めて付け直すことにする。

 この日記を録音する為に、ロビンさんから未接続オフラインの端末機器を貰った。何から何までお世話になりっ放しで頭が上がらない。

 私から見て、ロビンさんは服装ファッション格好良いクールな理想の女性と言った感じ。

 本業は情報屋だそうで、秘密基地セーフハウスに移ってからも一日中、画面ディスプレイと睨めっこして仕事している。


 こうして音声日記をつけ始めたのも、映画で観た格好いいお姉さんキャラに憧れたというのもあったのだけれど、ロビンさんはそんな私の憧れる格好いいヒロインそのままに思える。


 そんなロビンさんの為に、ここに置いてくれる代わりにと、お姉ちゃんの提案で、私達姉妹で皆の料理を作ることになった。と言っても料理行程の殆どがお姉ちゃん任せなので、私も何かしたいと部屋の掃除を申し出たら「精密機器ばかりだから勘弁ね」とロビンさんに断られてしゅんとした。


 元々、お姉ちゃんと二人、この街で生きるのにも臆病だった私達だが、今はその時以上に更に慎重にならざるを得ない。

 組織から逃げ出したこと、逆らったことで私達姉妹はいつ制裁を受けるとも知れないからだ。


 私も誘拐された時のトラウマが癒えていないようで、街の外を見るだけで動悸がしてくるから、どのみち外に出ることはできないのだけど。


File2

 3月24日。逃亡生活3日目。

 私達の秘密基地セーフハウスに、ロビンさんの上司だというタハラさんという方が訪れた。

 色々と物入りだろう、とタハラさんはロビンさんに色々な機械の部品のような物を渡していた。私にはそれぞれ何かはわからないが、無人機械ドローンや手製の端末機器の材料なのだそうで、ロビンさんはとても嬉しそうにタハラさんに御礼を言っていた。


 タハラさんも、私が軟禁され、お姉ちゃんが脅迫を受けたのと同じ組織に狙われているそうで、拠点を転々としながら、対策を考えているそうだ。


 夕飯はお姉ちゃんと一緒に野菜鍋アイントプフを作った。

 ロビンさんはあまり野菜は得意でないのか、最初は嫌がった顔をしていたけれど、一口食べると表情を変えて、あっという間に一杯平らげていたのでお姉ちゃんと顔を合わせて笑ってしまった。

 タハラさんも一緒で「こんなに美味しいご飯を食べたのは久しぶりだよ」と喜んでくれた。

 食事を食べるとすぐにタハラさんは、ロビンさんから渡された荷物を持って「また一週間くらいは連絡が取れなくなる」と伝えると、目にも止まらぬ速さで跳躍し、屋根を飛び越え走り去って行った。


「あの人、全身義体サイバネティックボディになってからそう時間経ってない筈なんすけどね」


 と、ロビンさんは呆れたような関心したような表情で溜息をついた。後で聞くところによると、あれだけ元気であるに関わらず、タハラさんは御歳八十八歳だそうで驚いた。


「あの人、生涯現役をうたってるっすからね。当分は全責任をあの人に任せられてわたしも楽」


 そう語るロビンさんの横顔は、自慢の祖父を紹介する孫娘みたいで微笑ましいな、と思った。


File3

 3月25日。逃亡生活4日目。

 今日はヴァイパーさんが「遊びに来たぜ」と顔を出してくれた。

 ヴァイパーさんは街外れのスラムに事務所を構えている探偵で、私が組織に軟禁……奴らに言わせればされていたのを助け出してくれた恩人だ。

 今日は私よりも小さな男の子と一緒で、ヴァイパーさんがロビンさんとワイワイと口喧嘩している間、ヴァイパーさんを戒めるみたいに袖を引っ張り続けていた。


 男の子の名前はカイン。ヴァイパーさんの探偵仕事の相棒なのだと言う。ロビンさんはヴァイパーさんと二言三言会話を交わすと「死ね! ヴァイパー!」と悪態をついて仕事部屋に篭ってしまったので、その間ヴァイパーさんとカインと、色々お話をした。


 ロビンさんは普段は頼れるお姉さんという感じなのに、ヴァイパーさんの前でだけ少し言葉遣いが荒くなるみたい。

 これは私の勘だが、きっとロビンさんはヴァイパーさんのことを好きと見た。

 ヴァイパーさんのことが気になるが、素直になれない物だから口悪くなってしまうのだ。そう思うと、理想の女性だと思っていたロビンさんのことが、急に身近に感じられるような気がして微笑ましさを感じる。本人には絶対言えないけど。


 勘と言えば、ヴァイパーさんの相棒であるというカインにも不思議な第六感があるそうだ。

 カインは、死者の存在を感じ取り、その死に場所や行方不明の遺体を探し出すことができるのだと言う。興味深い話で、その能力を使って解決した幾つかの事件についてもヴァイパーさんから話を聞いた。ヴァイパーさんにとっては日常の話なのかもしれないけど、私にとってはまるで探偵小説かミステリー映画みたいな話ばかりでわくわくして、聞いていて飽きない


 ヴァイパーさんは、私が曖昧にしか理解していなかった、私達を追っている組織の現状についても、改めて教えてくれた。私にとっても大事な話だし、ここで一度私なりに情報を整理しておこうと思う。


 私達を捕えていた組織の名はクヴァト。この街を長年の間、裏から支配して来た歴史あるマフィア組織だ。かつてはこの街で行われる犯罪のほとんどにクヴァトは関わっていて、莫大な資金力と組織力を有していたのだそう。

 だが、その組織も今や壊滅寸前だと言う。


 理由は街の新勢力、偉大なる興行主ザ・グレイテストショーマンとの抗争。

 以前から確執のあった二つの勢力は、末端構成員のイザコザを発端として大規模に衝突。

 主要な組織の施設はこの抗争相手に軒並み破壊された。

 そのイザコザの元となった事件は、ヴァイパーさんも一枚噛んでいたらしく「面倒なことに首突っ込んじまったもんだ」と悔やんでいた。


 じゃあ、私達も組織のことを心配しなくて良いのかというとそうではないらしい。


 クヴァトの首領ボスであるルヴェルゴは、何と個人的な因縁の為に、抗争を好機と見て突撃したタハラさんと戦って重傷を負い、昏睡状態。


 私のお姉ちゃんの仕事は、スノウが組織に軟禁された私を助ける為に、首領ボスを襲撃したタハラさんとその部下であるロビンさんを暗殺することだったが、私がヴァイパーさんに助けられたことでそれをしなくて済んだ。


 また、若頭アンダーボスのルベンも、抗争相手の雇った殺し屋に殺された。


 現在、組織の指揮を執っているのは顧問のテヴューと言う男だ。彼の容赦のなさは有名で、組織の隠れ家や雇用関係の全てを把握しており、抗争に少しでも関わった人間を、ただではおかないだろう、と言うのがロビンさん達の見方だ。


「組織が死に体だろうが関係ない。搾り粕になるまで、テヴューは組織に仇為す者に容赦しない。その手を緩めないだろう」


 ヴァイパーさんはそう語った。

 それは暗殺未遂に加担したお姉ちゃん、その血縁である私も例外じゃない。


 私達の逃亡生活は当分の間、続きそうだ。

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