容赦なき粛清(中編)

 我々同志の力を合わせれば、クヴァトであろうと敵ではない。

 私はそう信じていた。


 ──つい、先刻までは。


「何故だ。これだけの人数がいながら、何故……」


 我々が集めた同志たちは、既に壊滅状態だった。

 テヴューが廃駅に現れるという情報を頼りに、奴が姿を現すのを待っていた我々の兵隊を、特大の火炎放射が襲ったのだ。


 駅内に炎が燃え広がり、逃げる者に対しても炎はまるで生き物のように追い迫った。

 炎が到達しない場所にいた同志達の間にも、その混乱パニックは伝染した。


 指揮系統などあったものではない。


 近くにテヴューやクヴァトの構成員がいるかどうかを確認しようとしても、それにまともに答えてくれるような奴はいなかった。

 それでも、通信先の燃える同志から、微かな声が届く。


「情報が漏れていた……我々がここに来るということも、奴らにはバレていた」

「なんだと!?」

「俺たちは情報を手に入れたんじゃない。つかまされたんだ! クヴァトに逆らう俺たちをおびき寄せて一網打尽にする罠だったんだ」


 そんな馬鹿な。私は、クヴァトに潜伏していた同志に連絡を取った。彼ならば、今何が起こっているのかをより理解できている筈だと思った。


「同志! 状況を説明しろ!」


 私は大声で、通信先の同志に向けて叫んだ。だが、応えたのは潜伏している筈の同志ではなく、別の人間だった。


「君が司令塔かな」

「お前は……」

「初めまして。排斥主義者テロリストのリーダーさん? 俺はテヴュー。首領ボス若頭アンダーボスのいない今、実質的にクヴァトを指揮している者だ」

「お前、お前今一体どこに……」

「近くにいるとも。駅の中から、君の仲間の悲鳴が聞こえるよ。だが、君が本気で一世一代の博打を打つというのなら、もうちょっと慎重に行動せねばなるまいな。君たちの短絡的な行動は実に愚かという他ない」


 余裕綽々といた風情の言葉に怒りがこみ上げて来た。

 同志を焼け焦げにしながら、よくもそう悪口を吐けたものだ。


「君は部下に襲撃を任せて高見の見物か? まあ、普段表に立たない俺の言えた義理ではないが……」

「ふざけるな。私自らそちらに行く。場所を言え!」


 テヴューの今いる場所がわかれば、流石に今回の作戦に乗ってこなかった地下組織レジスタンスのメンバーだって私たちに味方してくれる筈だ。そうなれば今度こそ。


「場所か。場所は君の後ろだよ。愚か者の王フールキングよ」


 声が二重に聞こえた。通信機からと、背後から。

 私は咄嗟に振り向こうとしたが、強い力で頭から押さえつけられた。そのまま両手両足を拘束され、地に伏せられる。


 横から覗き込むように、老齢の男が私の顔を見た。

 皺だらけの顔に似合わず、その身体の筋肉は服の上からでもわかる程に盛り上がっている。一目で肉体に何らかの改造を施しているのがわかる見た目だった。


「改めて初めまして。テヴューだ。同志と嘯き、自分は安全であろうと部下に任せきりの愚か者の王フールキング様と一緒にされては敵わんからな。こうして、私直々に足を運んでやった」

「け、警備の者がいた筈だ……」

「あの雑魚共のことを言っているのならば、思っていた以上に貴様の目は節穴だな。俺達の組織も死に体とは言え、クヴァトに敵うようなつわものはいなかったな」


 テヴューは唇を噛む私の顔を見て、さも可笑しそうにケタケタと笑った。


 

「窮鼠猫を噛む。追い詰められた鼠は猫を噛む。我々は既に死にゆく組織だ。我々クヴァトは既に猫に追い詰められた鼠だよ。だから、悪足掻きであろうと我らに盾突く者共には粛清を与えなければならない。だが、お前たちはそんな我々以下。鼠以下の蛆虫だ。弱者を狩る楽しみくらい楽しませろ──」


 ──爆発が起こった。


 私が潜伏していたのは、何かあった時の為に用意していた地下に存在する打ち捨てられたシェルター小屋の一つだったが、その壁が轟音と共にぶち抜かれる。


 テヴューの連れて来たクヴァトの構成員達は、尻込みするようなこともなく、崩落した壁に向けて臨戦態勢を整えたが、その瞬間にバチバチという音と共に小さく火花が散った。

 火花と共に、構成員達が痙攣する。テヴューは怒りの形相で崩落した壁の向こうに突進し、見えなくなった。


 状況が呑み込めず、ポカンとしている私の目の前に一匹の猫が歩いてきた。


「あんた、排斥主義者テロリストの人?」


 猫が喋った。

 違う。猫のように見えるが、目の前にいるのは精巧に作られた猫型の機械ロボットだ。おそらくは、猫を分身アバターとして誰かが私に喋りかけている。


大帝愛国団グランカイザーだ」


 私は猫の間違いを指摘した。

 すると猫は本物かのように、退屈そうに欠伸をする。


「ダサッ。まあ何でもいいけど。まあわかったわかった。排斥主義者テロリストでおっけーってことね。あんたも散々だったとは思うけどね。悪いけど利用させてもらったッス」

「何の話だ? テヴューを殺しに来たんだろう? ならば我々は同志だ。縄をほどけ」

「一緒にすんな」


 猫のしっぽがくるりと曲がり、私の額に触れる。

 その瞬間、さっきと同じ火花がバチリと光り、私の意識は消えた。

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