薔薇の約束(中編)
各階に個室への扉が並び、たまに客が廊下にいるかと思うと、部屋の中に入っていく。
「一つ一つの部屋にキャストが待機してる。キャストの部屋は固定じゃなく、毎日ランダムに振り分け直すし、キャストのいる部屋の場所を知れるのは指名した客だけだから、妙な客に当たっちまったとしても、そういう客が次来た時には店を通さない限りキャストの居場所はわからない。当然チェンジも受け付けるが、まあ滅多にねえよ。その場合も、客の方で移動してもらう」
「よくできたシステムだ。お前らしい」
中には狂乱に耽ることを望む客もいるのだろうし、そうした部屋もあるのだろうが、少なくとも廊下だけは
それは、店長ローズがキャストにも客にも安全を保証する、こうした環境を徹底しているからだろう。
「ありがとうな。おれもあの事件の後、色々あったが、やることは変わってねえよ。おれはおれの出来る範囲で、ここにいる人間の居場所を作ってる。……サラがあの施設でそう望んだようにな」
何度か階段を登り、ローズはピタリと足を止めた。
「ここだ」
ローズは
すると暗証番号を打ち込む為の
「古風だな」
「安全の為には結局のところ、ネットワークに頼らずにどれだけ
ガチャリ、と部屋の
ローズは扉を開けると、俺に中に入るように促した。
俺は促されるままに部屋の中に入る。部屋の中の作りも、普通のビジネスホテルと同じで、デスクやベッドが綺麗に置かれていた。きっとここがこの店の中でもスタンダードな部屋なのだろう。
窓からは地下だというのに、まるでアウトホールシティの高層ビルから見下ろすような夜景が見える。精巧に映し出された
ぱさり、と。背後から軽い何かが床に落ちる音がして、俺は後ろを振り向いた。
「お前」
ローズが、何も身につけていない、裸の状態で立っていた。
大きな乳房に浮かぶピンク色の乳首が嫌でも目に入る。顔からつま先まで手入れの行き届いた褐色の肌には、こうして全てを曝け出しても頭に残る手術痕とは違って傷一つない。
「おれを抱け、ヴァイパー」
「は?」
「あんたに情報を渡すための条件だ。アウトホールシティ中の男が喉から手が出るほど抱きたい女を抱けるんだ。悪くないどころか、あんたには良いことしかない申し出だろう?」
「それはそうだが」
「怖気付いてんのか? さっきもあんた、別に操を立ててるわけじゃねえって言ったばかりじゃねえか」
「さっきも遠慮するって言ったと思うが」
「それとは状況が違う。今度はおれが一方的にあんたに抱いてくれと頼んでるだけだぜ? しかも繰り返すが、あんたの欲しがっていた情報もくれてやる」
ローズの言葉に、俺は彼女の肩を手を置いた。
「そう来なくっちゃ──」
そしてローズを優しく脇にどけると、扉のドアノブに手をかけた。
「開けてくれ、ローズ。……そうだな。さっきはああ言ったが、そういうことならやっぱり情報はいらねえ。爺さんやロビン達には悪いが、まあ何とか言い訳するさ」
「あんた、
「何でそうなる」
「おれはこの
「は? ……ん、いや」
正直そこまでは考えていなかった。マジか。そうなってくると流石にロビン達にも言い訳が立たねえか──。
「──ぷ、はははは! 馬鹿かよ、ヴァイパー! 相変わらず後先考えずに動きやがって。よくもまあこの街で生きてこれたな!」
ロビンは笑いを堪えて腹を抱えながら、ベッドの上に座った。
「嘘だよ。言ったろ? あんたには感謝してるんだ。情報提供の条件なんてもん、ハナからいらねえよ。ま、初回料金だけだがな」
ロビンはベッドの上からデスクに手を伸ばすと、引き出しの中から小さな箱を取り出した。そして箱を開き中身を俺に示す。
「これって」
それは指輪だった。二つの指輪が箱の中に、綺麗に収められている。
「勘違いするなよ、プロポーズじゃないぜ?」
「わかってるよ」
俺はローズから箱ごと指輪を受け取った。
その中にあるうちの指輪の一つを取り出し、内側を見る。
間違いなく、その指輪は俺とサラが結婚する時にお互いの指に嵌めた結婚指輪だった。
「あんたとは、もっと早く会うつもりだったんだ」
ローズはゆっくりとデスクの棚を元に戻し、そう言った。
「だが、
「破天荒な仕事ぶりって何だよ」
「おれだけじゃなく、
「待て待て待て、なんで知ってる。爺さんに聞いたのか?」
「この街には、おれの目がいくつもある」
ローズは腰に手を当てて胸を張った。
その
──変に格好つけた手前、いらんことを考えたことにバツが悪くなり、俺は改めて手元の箱を見た。
「ローズ、お前これ、一体どこで?」
俺とサラの結婚指輪。
俺は市民権を失ったのと同時に、財産の全てを失った。サラも
「片方はサラに頼まれてた。あの日、施設が占拠された日にな。自分になんかあったら、あんたにその指輪を返してほしいとよ。もう片方は、まあ偶然な。何十人もの人間をぶち殺した凶悪犯の持ち物ってのをオークションで手に入れる機会があったから、あくまでおれの
「……そうか。悪いな。いや、改めてありがとうな、ローズ」
俺は指輪を箱にしまい直すと、そのまま自分のコートの中に入れた。
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