Chapter12:Rose's Promise

薔薇の約束(前編)

 今は使われていない地下鉄サブウェイ駅。その入り口の非常扉を開けて階段を降る。路線まで出たら、後は迷路のような地下道を進む。荷物搬送用昇降機エレベーターに乗り込み、指定された階のボタンを押すと到着するのは、地上の喧騒やスラム街の緊張とはまた違った世界だ。


 アウトホールシティ地下世界アンダーグラウンド


 偉大なる興行主ザ・グレイテストショーマンズの運営管理する地下闘技場ドゥオモとはまた別の裏世界だ。

 娼館ブロッセルがずらりと立ち並び、どこもかしこも娼婦や男娼が客引きの為に店前で道行く人々に声を掛けるその退廃的な光景は目を見張るものがある。


 カインは絶対連れてこれねえ場所だな、と俺は一息付いた。


 地下闘技場が今ほどの活気のなかった頃は、この地下世界アンダーグラウンドこそがこの街の裏社会の中心地だった。


 煌びやかサイケデリックな虹色の照明の下で、この地下世界アンダーグラウンドが残り続けているのは、やはり此処に存在する娼婦達の努力の賜物だ。


 男でも女でも、性の快感を求めてこの地下世界アンダーグラウンドを訪れるならば誰でも、必ずその人に合ったサービスを見つけられると言われている程の店舗の豊富さは伊達ではなく、今尚その数は増加の一途を辿る。


 そんな無数の快楽を提供する店が立ち並ぶ中、の大きな薔薇の華の絵を看板に掲げている店の前で俺は足を止めた。

 他の多くの店のように、客引きの娼婦はいない。


 店は看板そのまま薔薇ローズの通称で呼ばれているが、それが本当の名なのかどうかは知らない。


「いらっしゃいませ。本日はご指名でしょうか」


 店内に入ると、使用人メイド服を着た人型機械アンドロイドが出迎えた。


「ローズいるか?」

「いるぜ」


 俺が人型機械アンドロイドに問い掛ける間もなく、店の奥から褐色肌に、白い衣装ドレスを着た、腰の細い女性が姿を現した。

 髪を丸刈バズカットにしているその頭皮には、大きな縫い目があるが、それ以外には身体に何の装飾品もつけていないその堂々たる姿は、男女関係なく多くの者が目を奪われるだろう。


「ヴァイパー、生きてたんだな」

「お互い様だ。あんたがこの店の店主だって聞いた時は驚いたが、同時に安心もしたよ。昔の仲間が、この街でちゃんと生きてる」


「再会の抱擁ハグでもするかい?」


 ローズは両手を広げ、大きな胸を突き出した。


「なんなら、そっから先も大歓迎さ。何たってここは天下のアウトホールシティ地下世界アンダーグラウンド娼館ブロッセルだ」


 にやりと笑うローズに対し、俺も苦虫を噛み潰す思いで笑い返した。


「いい。ガラじゃねえ」

「そりゃ残念。おれの魅力もまだまだか。それとも、まだを立ててんのかい?」

「それは……違う」

「この間もおれんとこに来た子猫キティちゃん、あんたをここに連れてくるように言ったらすごい顔してたよ、このスケコマシ」

「子猫ちゃんて……ロビンか」


 ここに俺が来ることになったのは、ロビン達からの言伝だ。

 色々あって、裏組織クヴァト偉大なる興行主ザ・グレイテストショーマンズという錚々たる組織に命を狙われることになったロビンとその上司である爺さんは、その突破口を探る為、薔薇ローズの店長としてだけではなく、裏社会の情報屋として名高いローズの所に来た。


 そこで爺さんたちが出された条件が、ヴァイパーと話をさせること、だったのだ。


 ここ最近のこの街の裏社会の喧騒には、俺も無関係ではない。

 興行師ショーマンの誘いを断ったこともあるし、カインのこともある。それだけじゃない。ロビン達と合わせて命を狙われている亜人の姉妹を救出したのも俺だし、成り行きとは言えやはり組織に殺されそうになっていた芸人コメディアンを助けて刺客を返り討ちにしたのも俺だ。


「関係ない、どころじゃないんだよ、ヴァイパー。渦中も渦中。あんたは今、アウトホールシティで繰り広げられている抗争劇の中心人物の一人だよ」

「なんでそうなるかねえ」


 色々なところにホイホイ首を突っ込んだ報いだ。自業自得と諦めて、ロビンや爺さん達と一緒に、裏組織クヴァト偉大なる興行主ザ・グレイテストショーマンズの抗争の中でどう生き抜くか。それが俺達にこの街で与えられた使命ミッションだ。


 そこでロビン達はローズに情報を提供してもらおうとしていたわけだが、まさかそれが俺のかつての知り合いだったとは知らなかった。


 ローズは、俺がまだ探偵を始める前に街の助護センターで働いていた頃の同僚だった。

 助護センターは、戦争孤児や傷痍軍人のケアを働いていた。


 だがある日、助護センターが排斥主義者テロリストに占拠される事件が起こる。


 ──その事件で俺はサラを失った。


 サラだけじゃない。

 排斥主義者テロリスト共にサラを殺され、激昂した俺は助護センターを占拠した排斥主義者テロリストを皆殺しにし、その為に市民権を失い、スラム街に流れ着くことになった。


「おれはね、あんたには感謝してるんだよ」

「感謝?」

「サラの仇を取ってくれたことにさ。おれも元々施設でケアされる側だったのを、あいつに誘われて、センターで働き始めたクチだったからさ」


 ローズはそう言うと、くるりと背中を向けた。


「情報が欲しいんだろ? 着いてきな。条件がある」


 残念だが、旧知を温める時間ももう終わりかな。

 俺はそう覚悟して、ローズの後ろについていった。

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