Chapter11:The Beautiful Modern Times

美しき哉この時代(前編)

 オレは街頭で静かに虚空を見つめていた。

 空は青く、美しい。この美しい空の下、オレは生きている。そう感じるだけで、オレは最高の気分になれる。


 ──チャリン。


 硬貨が金属に触れる音。

 オレはそれを聞くと、一気に笑顔を浮かべ、傍らに置いたジャグリング用クラブを手にしてジャグリングを始めた。

 一つ、二つ、三つ。徐々に数を増やしていき、最後にはクラブの数を五つにまで増やす。そして見事にジャグリングを成功させて、お辞儀をした。


 パチパチと小さな拍手が響く。


 先程お金を投げ入れてくれたお客様だった。親子連れのお客。一瞬、先日自分の出会った二人組のことを思い出してドキリとしたが、全くの別人だった。


 ここでお客がいなくなるならここでもう一度スタンバイ状態で虚空を見つめるところだが、二人はその場から離れる様子はない。

 ならば、と少し長めのサイレントコントを披露することにした。

 声を発せずにストーリーを表現する無言の芸サイレントも、かつてオレが劇場勤めの芸人コメディアンだった頃に培ったものだが、ジャグリングやバルーンで一度心を掴んだお客様へのウケは格段に良い。


 今でこそ街頭でピエロの仮面を被って、大道芸をしているオレだが、ついこの間までは街の劇場でピエロメイクをしっかりと顔に直接施して芸を披露していた。


 しかしその劇場も客足の減少により閉鎖。オレもまた劇場の舞台に立つことは難しいだろたい。

 劇場が閉鎖したから、というだけの理由ではない。


 この街でオレは、タブーを破ったのだ。


 オレはこの街の最大の権力者である市長や、裏社会とも繋がりがあると噂される劇場のオーナーを揶揄するような物真似を舞台で披露してしまった。それが彼らの逆鱗に触れ、オレは命を狙われ追われる身に──。


 この街じゃあ、笑いを取るのも命がけだ。


 だけど、オレはそのことをこれっぽっちも悔いちゃいないし、芸人コメディアンとしての道全てが絶たれたとも思っていない。


 こうして、劇場にいた頃は恨んでさえいたドタバタな動きで笑いを取る道化師役スラップスティックコメディとしての経験は、こうして街頭で大道芸をする際の良い経験になっている。


 ──チャリンチャリンチャリン。


 芸を披露する間、何度か硬貨の音が耳に届いた。チラリと脇を見ると、段々とお客が増えていることがわかる。


 人が笑えるのは、余裕があるからだという。


 だが、オレはそれは逆だと思う。

 誰もが何か問題を抱えているこのドン底の街でも、笑ってさえいられれば、そこから余裕がうまれる。笑いが奪われれば、人々から余裕も奪われる。


 オレの提供する芸で、そんな余裕を持ってもらえるなら、それ以上に芸人コメディアン冥利に尽きることはない。


 サイレントコントが終わる頃には、お客も増え、先程の親子連れ二人だけの小さな拍手と比べると、まばらではあるが、何人もの拍手の重なった音が空に響いた。

 オレは笑顔のお客様相手に深く深くお辞儀をし、お客が硬貨を入れる為の金属皿を拾って、いただいたお金ごと鞄にしまう。そして近くにオレを監視しているような目がないのを確認すると、そそくらと路地裏へと姿を隠した。


 誰もいないくらい奥まで進み、ホッと一息をつく。


 街のタブーを犯して笑いを取り、お尋ね者になったことに後悔はない。

 間違いなく、オレが劇場で披露した風刺芸スタンダップコメディは観客の笑いを誘ったし、オレの芸を気に入って、オレを狙う刺客からオレを救ってくれた観客すらいた。


 あれは今までのオレの人生の中でもかなりのハイライトだが、こうしてせっかく拾った命だ。


 オレが笑わせた、オレの客に救ってもらった命だ。

 無駄にする気はない。

 オレはこの命を、もっと沢山の人を笑わせて笑顔にする。それこそがオレの使命だと思っていた。


 ──と。路地裏のゴミ捨て場。不法投棄されている数々のゴミの中に、気になる物を見つけた。

 一台の清掃代行機械ハウスキーパーロボットが打ち捨てられていた。


 清掃代行機械ハウスキーパーロボットは人間大程の円柱の掃除機に、何本かの手足マニュピレータが収納されている旧型の機械ロボットだ。

 その名の通り、人間の代わりに建物や街路の掃除をしてくれる機械ロボットだが、それでも人間の指示に対して即座に返答ができるように人工知能が搭載されている。


 清掃代行機械ハウスキーパーロボットなんざこの街にはあり触れている。それも、これだけ旧式の機械ロボット、捨てられていても何の不思議もない。


 けれど、間違いない。何年もあの劇場で話してきたオレが見間違える筈がない。


「メアリー……?」


 街の路地裏、そこに捨てられていた機械ロボット

 それはオレが勤めていたあの劇場で働いていた清掃代行機械ハウスキーパーロボットのメアリーにしか見えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る