真夜中の幻と霊媒の夢(後編)
それから数日後のことだった。
私の研究室に、市から職員が派遣された。最初はまた機関が再度私の研究を認めに来てくれたのかと思ったが、違った。
私に、養子への虐待の疑惑が掛かっていたのだ。
最近のカインの様子を見て、近所の人間が通報したようだ。
皮と肉だけに見えるくらいに痩せ細り、まともに食事をさせていないのではないか、と。
「馬鹿言わないでください。僕は、先生に良くしてもらっています」
カインは職員にそう伝えたが、それが逆に良くなかったのだろう。虐待された子どもが保護者を必要以上に庇うこともよくあることだ、とそうとらえられてしまった。
福祉課の人間がカインを引き取りに来る、と私は通告された。
──そんな馬鹿な。
そうなったら研究はどうなる?
私の命を賭けた研究が。人類の進歩は一体どうなるというのだ。
通告を受け、錯乱したのは私だけではなかった。
カインもまた半狂乱となり、家中で叫び回った。それ程に、以前居た孤児院では良い扱いを受けていなかったらしい。
「先生と離れるなら、死んだ方がマシだ!」
と、遂にはカインは実験道具用のナイフを手にして、己の首筋に当てた。
私は慌ててカインを止めに入ったが、カインは私が止めるよりも早くナイフで自分の喉を引き裂き、彼の細い首からドクドクと血が流れた。
私は自身が顔面蒼白になるのを感じた。体温を感じない。私だけでない。カインのも。
私は出来る限りの応急措置をした。病院になんて連れていけない。そんなことをしたら、カインと直ぐ引き離されてしまうに決まっている。そうなれば私はもう二度とカインに逢えなくなる。
実験が、続けられなくなる。
「カイン、死なないで。貴方が死んだら私は」
私の頬を涙が伝ったが、冷たさも暖かさも感じない。
カインは眠り続けた。
市の職員からカインの受け渡しをしろと通告を受けた日が刻々と近づいて来る。
──もう駄目だ。
私は焦った。何とかして、何とかして現状を打破しなければ。
「私の研究は本物だ……」
間違いない。本物だ。カインの目も本物だ。私の実験結果も本物だ。それなのにこんなことで終わらせて溜まるか。
私はアベルを叩き起こした。
アベルは泣きながら私に引き摺られて、ヘッドセットを付けられる。大きな悲鳴をあげて喚くので、その辺に落ちていた靴下を口の中に詰め込んで黙らせた。
このヘッドセットを通して、カインの脳波
その
カインの力は本物だ。この研究結果も本物だ。
「本物なの。カインのような奇跡が、二度手に入るとは限らない。貴方はカインと同じになるの。いいえ、貴方はカイン。カインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインカインンンン」
これまで実験で得たカインの脳波
「貴方はカイン」
「僕はカイン……」
「市の職員に捕まっちゃ駄目。貴方はきっと、また酷い目にあう」
「酷いのは、嫌だ……」
私はにっこりと笑って、アベルの肩を抱いた。
大丈夫。私が貴方を守るから。
カインが居なくなっても、アベルがカインと同じ眼を受け継げば、研究は続けられる……!
「動くな!」
研究室の扉が乱暴に開けられた。
扉の向こうに、銃を持った重装備の警備員が何人も並んでいる。
さっきのアベルの声が聞こえた?
それともカインが叫び回った時にまた通報が?
考えている時間はない。
「カイン、逃げなさい!」
私はアベルに叫ぶ。
アベルはもしもの時の為に設置していた研究室の隠し通路を使い、外に出る。
私は安堵した。
これで大丈夫。私さえ生きていれば、問題なく──。
銃声が響いた。
「……は?」
私の胸が赤く染まっている。今まで感じられなかった、暖かさが、じわじわと胸から全身にかけて走った。
「お前えええ!」
私は激情し、警備員の方を振り向くが、その瞬間に、更に何発もの銃弾が、私の目の前を飛んだ。
「私……私の」
カインは無事で居てくれるだろうか。カインが死んでもカインが生きていてくれれば、あの奇跡は保存される。カインが生きてくれれば……。
「あれ?」
私は何を言ってるんだろう。カインは首を切って、それで──。
……To be continued.
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