迷子の猫と孤独な暗殺者(後編)

 キティになったわたしは街を駆けた。野良猫はこの街では珍しくない。だかた、誰もわたしの操るキティを気にしない。これもわたしが分身アバターを猫にしている理由だ。また、ヴァイパーがこの依頼を雑にこちらに寄越した理由でもあるだろう。

 亜人とは言えわたしなら、スノウの依頼は受けるしかないと、そう考えたのだ、あの探偵は。ろくでもない野郎だ。

 当の探偵は、その分身アバター、本物の猫じゃ駄目なの? とわたしに聞いたことがあるが、駄目に決まってるだろう。確かにシステム上、本物の猫を操ることだって出来てしまうのが分身アバターだが、危険があるのが分かっているところに、どうして本物の猫を送らなければならないのか。


「ヴァイパー糞。マジ死なす」


 わたしは呪詛の声を吐いた。キティ音声出力スピーカーは切っているので、多分また依頼人を怖がらせてしまっただけだ。


 お目当ての場所コンビニキティを到着させると、わたしは調査サーベイモードをオンにした。


「よっし、ビンゴ」


 今、わたしの目には路地に続く道が光って見える。スノウから貰った遺伝情報を元に、この近くに指紋や抜けた毛、血、その他の妹ノエルの物と思われる痕跡に検索をかけたのだ。


 わたしはその跡をつけて行き、ノエルがどこに向かったのかを探った。すると、近くの倉庫に行き着いた。

 倉庫は鍵が掛かっており、中に入ることは出来ないが、電子錠サイバーロックならば問題ない。わたしはシステムに侵入し、電子錠サイバーロックを外すと、倉庫の中に入った。


「うわ……」


 キティを通して目に飛び込んできた倉庫の様子に、わたしは思わず絶句した。


「やべえっすね……」


 倉庫の中にはたくさんの檻が積まれていた。

 檻の中には人間、主にまだ年端も行かぬ子供達や、スタイルの良い男女。

 人種を問わない、な人間を片っ端から閉じ込めている、そんな様子だった。


「十中八九、人攫いのアジトっしょ」


 わたしは唾を飲み込んだ。檻の中にスノウのような亜人がいないかを探すが見当たらない。


「おかしいなあ」

「どうかしましたか」


 生身のわたしの方の耳に、スノウの声が聞こえた。心配しているような、それでいて冷静にも聞こえる声。


「確かに妹さん、ノエルさんはここに連れ去られている筈なんですが、それらしき人がいなくて」

「そう、ですね」


 それにしてもスノウの声が近い。耳元から聞こえてくるような気がする。どうしてそんなに近くに。

 ――そう思った瞬間には、わたしの首は締め上げられていた。


「……ッ!」


 わたしは急いで脳接続ブレインアバターインターフェイスを外す。目の前のパソコンディスプレイに鏡のようにわたしの姿が映っている。スノウが布を私の首に巻き付け、首を絞めていた。


「何……ッ」

「ごめんなさい……じゃないと妹が」


 妹は今探しているのではなかったか。ただでさえ混乱した頭が酸欠で働かない。視界もボヤけて来た。


 糞。どうしてこんな。


「お姉ちゃん!」


 声がした。ビクッとスノウの手が震える。

 気付くと私の首は解放されて、自由に息が吸えるようになった。

 はあはあと新鮮な空気を肺に取り込んで、事務所内を見回した。


 ――スノウが床に倒れていた。


「悪い。遅れた」


 そのスノウに馬乗りになって、彼女を押さえ付けているのは、わたしにこの事件ヤマを斡旋した筈の探偵、ヴァイパーだ。

 何でこいつがここに? 混乱する私を後目に、ヴァイパーの後ろからひょこりと小さな女の子が顔を出した。その顔は、スノウによく似ていた。


「お姉ちゃん。大丈夫。あたしはもう無事だよ」


 女の子が、スノウに駆け寄った。よく見るとスノウと同じように、頭から猫耳が生えている。。スノウの髪の毛は雪のように白かったが、こちらは綺麗な黒髪だ。


「ノエル……? 無事なの?」

「うん。心配かけてごめんね、お姉ちゃん」


 二人の猫耳亜人が泣きながら抱き合っていた。

 何がなんだかわからない。


「ロビン、お前殺されそうになってたんだよ」


 ヴァイパーが床にへたりながら、疲れた様子で言う。それはまあわかる。しかし何故。


 ──話をまとめるとこうだ。

 まず、そもそもスノウが語った、この場所をヴァイパーから聞いたというのがそもそも嘘だ。

 スノウは実際には、ノエルがいなくなった時、常識的な判断としてまず警察を頼った。だが、それがよくなかった。この街の警官は賄賂で買収されている輩ばかりだし、スノウが駆け込んだ警察署の職員も例外ではなかった。

 警察に頼った筈の彼女はいつの間にか、この街の裏組織クヴァトの元へ連れて来られ、妹を助ける代わりに二つの条件を出された。

 一つは、裏組織クヴァトが現在抗争中の、興行師ショーマンの商品倉庫の場所を探らせること。そしてそれを探らせる相手、田原調査室ウチの人間を殺すこと。


 ヴァイパーからの紹介だ、と言えばこちらの警戒も下がるだろうから、と言うのが、嘘の狙いだったそうだが、まんまと嵌まってしまったのは随分と癪に触った。


田原の爺さん田原調査室の所長、こないだクヴァトの首領ボスに手酷い重症を負わせたらしいじゃないの。それで今、あの人自身も対策打ってるとこらしいんだが、妙な動きがあるからってあんたのとこを頼まれてな。来たら案の定、暗殺者が送り込まれてたから、それを防ぐ為に俺は奔走したってわけ」


 ヴァイパーの方は、先日に裏組織クヴァトがオークションで競り落としたばかりというノエルの居場所を突き止めて保護。それからわたしのいる田原調査室に駆け付け、わたしが殺されそうになったのを防いだ、と。


「だとしても絶対もっとスマートな方法があった! ほんと、糞ヴァイパー」

「仕方ねえだろ。こっちも焦ってたんだから、それこそ猫の手も借りたいくらいに」


 色々と言いたいことはあったが、助けてくれたのは事実なので、あまり強くも出られない。


「それはそれとして、この二人は」

「乗り掛かった船っす。わたしが匿って、折を見て街から出す」


 わたしは部屋の隅で泣き腫らして疲れ果てた二人の亜人を見た。元々ヴァイパーへの依頼だと言うのが嘘なのだし、この二人はわたしの所の依頼人に違いない。


「任せて大丈夫だな?」

「わたしを誰だと思ってるっしょ」

「お前ならそう言うと思ったよ」


 わたしは独りが好きだが、仕方ない。暫くはこの二人と一緒に逃亡生活だ。


「その、ありがとう。ヴァイパー」

「当然っしょ」


 ニヤけた面で私の口調を真似するのが気に入らなくて、わたしはヴァイパーの腹に一発、拳を入れた。




……To be continued.

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