迷子の猫と孤独な暗殺者(後編)
亜人とは言えわたしなら、スノウの依頼は受けるしかないと、そう考えたのだ、あの探偵は。ろくでもない野郎だ。
当の探偵は、その
「ヴァイパー糞。マジ死なす」
わたしは呪詛の声を吐いた。
「よっし、ビンゴ」
今、わたしの目には路地に続く道が光って見える。スノウから貰った遺伝情報を元に、この近くに指紋や抜けた毛、血、その他の妹ノエルの物と思われる痕跡に検索をかけたのだ。
わたしはその跡をつけて行き、ノエルがどこに向かったのかを探った。すると、近くの倉庫に行き着いた。
倉庫は鍵が掛かっており、中に入ることは出来ないが、
「うわ……」
「やべえっすね……」
倉庫の中にはたくさんの檻が積まれていた。
檻の中には人間、主にまだ年端も行かぬ子供達や、スタイルの良い男女。
人種を問わない、商品になりそうな人間を片っ端から閉じ込めている、そんな様子だった。
「十中八九、人攫いのアジトっしょ」
わたしは唾を飲み込んだ。檻の中にスノウのような亜人がいないかを探すが見当たらない。
「おかしいなあ」
「どうかしましたか」
生身のわたしの方の耳に、スノウの声が聞こえた。心配しているような、それでいて冷静にも聞こえる声。
「確かに妹さん、ノエルさんはここに連れ去られている筈なんですが、それらしき人がいなくて」
「そう、ですね」
それにしてもスノウの声が近い。耳元から聞こえてくるような気がする。どうしてそんなに近くに。
――そう思った瞬間には、わたしの首は締め上げられていた。
「……ッ!」
わたしは急いで
「何……ッ」
「ごめんなさい……じゃないと妹が」
妹は今探しているのではなかったか。ただでさえ混乱した頭が酸欠で働かない。視界もボヤけて来た。
糞。どうしてこんな。
「お姉ちゃん!」
声がした。ビクッとスノウの手が震える。
気付くと私の首は解放されて、自由に息が吸えるようになった。
はあはあと新鮮な空気を肺に取り込んで、事務所内を見回した。
――スノウが床に倒れていた。
「悪い。遅れた」
そのスノウに馬乗りになって、彼女を押さえ付けているのは、わたしにこの
何でこいつがここに? 混乱する私を後目に、ヴァイパーの後ろからひょこりと小さな女の子が顔を出した。その顔は、スノウによく似ていた。
「お姉ちゃん。大丈夫。あたしはもう無事だよ」
女の子が、スノウに駆け寄った。よく見るとスノウと同じように、頭から猫耳が生えている。。スノウの髪の毛は雪のように白かったが、こちらは綺麗な黒髪だ。
「ノエル……? 無事なの?」
「うん。心配かけてごめんね、お姉ちゃん」
二人の猫耳亜人が泣きながら抱き合っていた。
何がなんだかわからない。
「ロビン、お前殺されそうになってたんだよ」
ヴァイパーが床にへたりながら、疲れた様子で言う。それはまあわかる。しかし何故。
──話をまとめるとこうだ。
まず、そもそもスノウが語った、この場所をヴァイパーから聞いたというのがそもそも嘘だ。
スノウは実際には、ノエルがいなくなった時、常識的な判断としてまず警察を頼った。だが、それがよくなかった。この街の警官は賄賂で買収されている輩ばかりだし、スノウが駆け込んだ警察署の職員も例外ではなかった。
警察に頼った筈の彼女はいつの間にか、この街の
一つは、
ヴァイパーからの紹介だ、と言えばこちらの警戒も下がるだろうから、と言うのが、嘘の狙いだったそうだが、まんまと嵌まってしまったのは随分と癪に触った。
「
ヴァイパーの方は、先日に
「だとしても絶対もっとスマートな方法があった! ほんと、糞ヴァイパー」
「仕方ねえだろ。こっちも焦ってたんだから、それこそ猫の手も借りたいくらいに」
色々と言いたいことはあったが、助けてくれたのは事実なので、あまり強くも出られない。
「それはそれとして、この二人は」
「乗り掛かった船っす。わたしが匿って、折を見て街から出す」
わたしは部屋の隅で泣き腫らして疲れ果てた二人の亜人を見た。元々ヴァイパーへの依頼だと言うのが嘘なのだし、この二人はわたしの所の依頼人に違いない。
「任せて大丈夫だな?」
「わたしを誰だと思ってるっしょ」
「お前ならそう言うと思ったよ」
わたしは独りが好きだが、仕方ない。暫くはこの二人と一緒に逃亡生活だ。
「その、ありがとう。ヴァイパー」
「当然っしょ」
ニヤけた面で私の口調を真似するのが気に入らなくて、わたしはヴァイパーの腹に一発、拳を入れた。
……To be continued.
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