Chapter9:Temptation of Lost Cats

迷子の猫と孤独な暗殺者(前編)

 その依頼人は深々とフードを被っていた。

 この混沌とした街アウトホールシティでは珍しくない服装ファッションではあるが、それにしても顔がすっぽりと覆わせてしまうフードは、視界も悪そうで少し心配になるほどだ。


「スノウと言います」

「スノウさんっすね。わたしはロビン。ここの調査係兼所長代理っす。ウチのことはどこで聞いたんすか」


 わたしは事務的にそんな質問を投げかける。いつもは見た目若々しい義体置換者サイボーグのお爺ちゃん所長が来客を受け付けるところだが、残念ながら今は別件で留守だ。しかもいつ帰るかわからないと来た。当分の間、わたしは一人でここを切り盛りしなくてはならない。


「ヴァイパーさんと言う方から……」

「あんにゃろ、後で死なす」


 ウチの仕事増やしてくれてんじゃねえ。と、わたしは依頼人が名を口にした探偵の顔を脳内でぶん殴る妄想をする。あの自称探偵、仕事の斡旋は有難いと言えば有り難いがそれにしても持ってき過ぎだ。ウチのこと、自分とこの事務所の分所かなんかと勘違いしてるだろ。

 適材適所って言うだろ、なんてドヤ顔で語るあの軽薄男の顔が浮かんだので、今度は脳内で奴の股間を蹴り飛ばしてやった。


「何か問題あったでしょうか」

「んにゃ、なんもないよ。こっちの話」


 不安そうにフードからこちらを窺うスノウに対して、簡単に誤解を解いておく。


「兎に角人探しっすね。妹さん探し。正直、情報塗れのこの街、やり方さえ心得ておけば人探しってのは案外簡単なもんっす」


 わたしは改めて依頼を確認した。


「妹さんの身元なり姿形がわかる物、何かありません?」

「実は……そう言うものはないんです。私達は出来るだけ、誰の目にも触れないように生きてきたので」

「ここはワケ有りの依頼人も珍しくないっす。依頼人の情報も絶対漏らしたりしません。安心してくれていいっすよ」


 スノウにはそれでも未だ迷いが見えたが、覚悟を決めたようで、これまで被っていたフードを外した。


「お……っと」


 わたしは思わず声を上げた。

 目線が依頼人の頭に釘付けになる。


「作り物……じゃないっすね、どう見ても」

「はい」


 猫耳だ。

 依頼人の頭には猫の耳が生えていた。白い毛並みが髪の毛から耳まで覆っている。髪の毛は長く伸ばしていて、側頭部の様子はわからないが、私と同じような耳はそこにはないだろう。


 ――つまり亜人だ。


 身体改造全盛期、人と動物を組み合わせた人造人間バイオロイドが多数作られた。後付けの感覚器官や機械の身体を有する義体置換者サイボーグとは違い、遺伝子レベルで胎児の頃から改造を施されたことで生まれた新人種。


 それが亜人である。亜人の数はそう多くない。

 その希少性から、好事家コレクターに好かれ、闇オークションでの出品が相次ぎ、亜人と見れば拉致する人攫いは一人や二人ではない。特に彼女のように猫耳の亜人や、鳥類と合わせた天使のような亜人など、見た目からのある亜人は真っ先に狙われる。


 地下闘技場ドゥオモで利用されている剣闘士ファイター分身アバターとも近いが、あれらは元々自我を有さない。遺伝子を組み替えた上で、多種の生き物を融合した人間は、殆どが自我を持たずに産まれる。それはそれとして需要があると言うのが現実の糞だが、こうして会話が出来る、普通の人間と変わらない亜人は恐らく三桁といないだろう。大戦争ザ・ウォーの影響もあり、身体改造全盛期の技術のほとんどが、失われた遺伝子改造技術なのだ。それ故に、希少な亜人を売人たちは放っておかない。


 彼女が頑なにフードを取りたがらなかったのも、誰の目にも触れて来ないようにしていたと言う生き方も、彼女が亜人であることをひた隠しにする為か。


「腕とか脚との毛は?」

「生えますが、怪しまれないよう毎日剃ることにしています」

「妹さんも?」

「私と同じです」

「……事情は分かったっす」


 わたしは頭を抱えそうになり、すんでのところで止めた。ヴァイパーの糞野郎、やっぱり今度死なす。

 彼女達がこの街で生き延びていた以上、普通の人間と比べればその足跡は圧倒的に残されていないだろう。

 亜人の行方不明とはつまり、人攫いに拉致された可能性が高いと言うことでしかない。


「最後に妹さんを見たのは?」

「いつも買い物をする簡易百貨店コンビニで……」


 兎に角情報だ。些細なことで良いから、情報が要る。わたしは、その足跡を探せないか微に入り細を穿つようにスノウに質問を重ねた。

 彼女の妹──ノエル──は、二人が行きつけの簡易百貨店コンビニで買い物をしていたところ、目を離した隙に居なくなったのだと言う。

 わたしは直様、簡易百貨店コンビニの監視カメラをハッキングし、スノウが妹のノエルを見失ったという日時の監視映像を確認した。

 カメラには映っていないが、確かにノエルが店を出てから戻って来る気配はない。そのまま簡易百貨店コンビニの外の様子が見られるカメラがないかを探ったが、そんなものはなかった。


 ――仕方ない。


「スノウさん、髪の毛一本貰えます?」

「髪の毛ですか?」

「遺伝情報の方から調査してみたいんで。妹さんとは反応似てるでしょうし」

「構いません。それで妹が見つかるなら」


 わたしはスノウから髪の毛を受け取ると、それを遺伝子解析ソフトにかける。そして棚に置いている機械ロボットを起動した。


「それは?」


 わたしの起動した機械ロボットを指差して、スノウが訊いた。


動物型機械アニマルロボット。この街中を調査するってなった時の、わたしの分身アバター。今から調査入るんで、その間集中させてください」

「わかりました」

「あ、でも急用の場合は普通に声掛けてくれて大丈夫っす。生身の方の耳も聞こえてるんで」


 わたしのこれは、分身アバターと言っても、地下闘技場ドゥオモで使わせている物のように、完全に分身アバターに感覚をダイヴさせる物ではなく、使用者にも命の危険はない。あくまで便利な調査用機械サーベイロボットだ。


 わたしは街の調査には専ら、猫型の機械ロボットを利用している。猫の手も借りたい時に動く仲間ということだな、と言うのはウチのお爺ちゃん所長の弁だ。猫の手も借りたい、と言うのはそれくらい手伝いが欲しいという意味の東洋の諺らしい。


 オンラインでは情報が打ち止め。正に猫の手も借りたい状況だ。わたしは脳接続ブレインアバターインターフェイス用のヘッドセットを装着した。


 わたしの視界が、猫型機械キティに接続される。私は自分の思うままにキティを事務所の外に飛び出させる。


「さて。お目当ての場所は、と」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る