殺し屋の矜持と英雄の条件(後編)

 影武者だな。私がさっき撃ったのはルベン本人ではなかった。整形か、立体映像ホログラムか、人造人間バイオロイドか。同じ顔の人間を用意する方法など、幾らでもある。


「僕を狙う殺し屋が雇われているのは分かっていた。だから、その正体を探る為に彼には犠牲になってもらった。その殺し屋がミルコとは、知らなかったけど」

「甘いな」

「何?」

「己を殺し屋が知り合いであろうなかろうが、その居場所がわかったその瞬間に、殺すべきだ。お前はいつも、爪が甘い」


 裏組織クヴァトのナンバー2。その暗殺依頼だ。当然、私が影武者の可能性も考慮に入れていないわけがない。


 私は手元の起爆スイッチを押した。


 路地に悲鳴が響いた。この一帯に、あらかじめ高圧電流を流せるように、特殊地雷ショックマインを設置していた。


 私は地面を蹴り上げた。跳躍し、銃口を背後で痺れて動けなくなっているルベンに向ける。

 だが、恐らくさっき私に銃口を突きつけていた奴だろう。ルベン付きの護衛がその射線を阻む。

 私は構わず、引き金を引く。


 一人。護衛が倒れる。ルベン付きの護衛は後三人。

 以前なら、もっと大勢の人間を引き連れることも出来たのであろう。だが、ルベンの所属する裏組織クヴァトは、興行主ショーマンとの抗争で最早死に体だ。

 だからルベンも信用できる精鋭しか、護衛ボディガードに付けることは出来なかったのだろう。


 二人目。三人目。四人目。


 まずはその護衛達からだと、私は全員の眉間に銃弾を撃ち込む。

 狙撃手スナイパーの中には、敢えて頭を狙わずにいる者もいるが、私はそんな間怠っこしいことはしない。


 路地には、ルベンと私だけが残された。


 私はルベンに銃口を向けようとして、銃を握る腕に強い衝撃を感じた。


「見事だな」


 ルベンが電撃の痺れから復活して、私の持つ狙撃銃を蹴り上げていた。

 電気や毒、その他の身を不自由にする物への対策をルベンに教えたのも私だ。きっと、手早く殺さなければ復活されるだろうとは思っていた。


「だが、それで満足するな」


 腰のホルスターから、私は拳銃を抜く。ルベンの動きも速かった。

 私が拳銃を抜き取るよりも前にルベンは拳銃を抜き、私の身体に向けて引き金を引いていた。


 銃の抜き合いになったなら、相手のどこを狙おうなんて考えるな。まずは当てることだ。

 そう教えたのも私だ。


 だが、それは相手を見てやるべきだな。


「そ、んな」


 私は一気にルベンとの距離を詰めた。彼の美しい黒髪が揺れる。胸に向けて、銃弾をぶつける。


 ルベンは倒れた。生身プレーンのルベンとは違い、私は組織を抜けてから、剣闘士ファイターになるにあたり義体化手術を受けている。さっきの電撃が、私にだけ効果がなかったのも、私の身体が義体サイボーグだからだ。


「狡いよミルコのおっさん……」

「全ての可能性を考えろ。そう教えた筈だ」

「やっぱりあんたは、僕のヒーローだ」


 ルベンはそう言って、血を吐いた。さっきの一瞬でも、ルベンは身体を捻り致命傷は外したようだったが、それが逆に彼を苦しめている。


「はは、こういうことも、もっとあんたに教えてもらいたかったな」


 このまま放置しても長くはないだろう。

 だが……。


「ルベン。俺は、お前を殺す」

「ああ」

「だが、最期に教えてくれ。どうして、私の妻エレノアを殺した。どうして、俺の子を殺した」


 憎しみなぞ、とうに流した。

 獲物ターゲットが誰であれ、情けをかけることなく始末するのが私の流儀だ。


 それでもなお、聞きたかった。あの日のことを。

 あの日々は、どうして続かなかったのかを。


「僕はさ……」


 弱々しい声で、ルベンは笑った。その顔はやはり美しく。


「あんたには、僕だけのヒーローでいて欲しかったんだよ」

「どういうことだ」

「あんたの目が、エレノアに……本当の息子に向くのかと思うと、嫉妬した。あんたには僕だけを見ていて欲しかった。だから」


 だから、殺したと。

 ルベンのエレノアとの仲も決して悪くなかった筈だったのに、どうしてああも簡単に頸動脈を切ったのか。どうして殺してしまったのか。ずっとずっと気になっていたけれど。


「そんなこと」

「そんなことが、僕には全てだった」

「そうか……」


 私は思わず、目を瞑った。獲物ターゲットを目の前にしながらあるまじきことだが、今回ばかりは、己の信条にも蓋をした。


「悪かった」

「謝るなよ」


 改めて銃口をルベンに向けた。こんな未来しか、私には用意できない。


「せめて安らかに」

「僕も、最期をあんた俺のヒーローに看取ってもらえて光栄だよ」


 引き金を引いた。沈黙が一帯を支配した。


 仕事が終わり、興行師ショーマンは事前に伝えられていた以上の報酬を私に用意した。


「まさかあれだけの興行ショーになるとは。嬉しい誤算だったよ」

「そうですか」

「君にはこれからも、この路線で役者として頑張ってもらうぞ」

「それですがオーナー」


 私は興行師ショーマンに銃を向けた。


「……何のつもりだね」

「私は、ここを抜けます」

「馬鹿が」


 興行師ショーマンの表情が怒りで満たされた。分かっている。こんなことをしても、興行師ショーマンを殺すことも叶わない。


 それでも、俺は殺し屋として生きて初めて、最期に自分の意志を表に出そうと。


 その瞬間、急に辺りが真っ白になる。私の脳内に仕込まれた特殊爆弾マイクロボムが起爆したのだ。


 ルベンとエレノアが、私を見て満面の笑みで笑っている。そんな記憶はない。これは幻だ。死の間際に、私が見たかったものを、脳が勝手に創り上げているに過ぎない。


 私の身体は、一秒と経たずに爆発霧散する。


 それで良かった。これは罰だ。己を殺し続けた自分は、己を生かそうとした瞬間に他者に殺される。


 だがそれは、何処か清々しさすらあって──。




……To be continued.

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