Chapter8:The Tears of The Ruthless Hitman
殺し屋の矜持と英雄の条件(前編)
資料の中の
彼の持ち味である艶やかな黒髪には、後ろで束ねた美麗な顔がよく映えている。
これで
成長した彼の写真を見て、私はまだ
「なあミルコ、僕もあんたみたいな格好いい男になりたいな」
「俺の教えを忘れなければ俺みたいにはなれるとも」
「あんたみたいな
「なれる。俺は特別なことをしているわけじゃない。殺し屋として必要なことを一つ一つ忘れずに実行しているに過ぎない」
「じゃあ教えてくれよ。一つ残らず」
まだ幼さの残っていたルベンとのそんなやり取り。
私はそれが嫌いじゃなかったし、その生活がいつまでも続くものと、どこかで思っていた。
私は資料を元に、ルベンを護送する車が通ると情報のあった場所で彼を待ち伏せている。
ルベンが車から降りた一瞬を見計らい、その眉間に銃弾を撃ち込む手筈だ。
「こういう奴をこそ、地下に堕として蹂躙するのがあんたの趣味だと思ったが」
この仕事を受ける前に私がそう問うた時、その五指に宝石をギラつかせて、オーナーはニヤリと笑った。私の雇い主でもある彼は、この街の地下にある闘技場の経営者だ。
彼の勢力、
「抜かりはない。貴様の仕事ぶりは全て
成程ね。
敵対組織との抗争すらその商売の道具とするとは、
現在、
私が暗殺を依頼されたルベンは、
「私は君と彼との因縁も知っている」
私へ殺しを依頼する時に開口一番に
以前は私も
「妻子を毒牙に掛けた仇を討つ機会を用意してやったんだ。感謝してほしいものだね」
「相変わらず悪趣味だ」
私にとって愛する子だったルベン。
私の後ろをついてまわっていた愛らしい子ども。
かつて彼は、
彼女のお腹にいた、私の子供諸共に。
私はひたすらに路地裏で待った。彼を殺す瞬間が訪れるのを。
仇か。オーナーはそう言ったが、本音を言えば、まだ彼のことを憎み切れない。彼が何故あんな凶行に走ったのか、未だに答えを知らないが、こんな生き方しかできない時点で他人をとやかく言う筋合いもない。
黒塗りの車が、私の潜む路地の前に停まった。緊張の糸が張り詰める。
あの日は、いつものように私を出迎えるルベンの姿が玄関にはなかった。
その代わり、家の奥から、シャワーの音が聞こえてきた。誰か風呂に入っているのか、と浴室を見た私は息をするのを忘れた。
――妻が。エレノアが浴槽に裸で倒れていた。
浴槽の彼女は虚空を見ていて、その首筋からどくどくと血を流している。
その前にいるのは、裸のルベンで。
「おかえり。ミルコ」
ルベンは私に気付くと、首だけを回して私を見た。
「上手くやれてるかな」
ルベンのその声を聞いて、私は、彼に殴り掛かった。
殺し屋として己を殺し、ただ任務に従順であり続けた私が己を表に出したのは、後にも先にもあの時だけだったかもわからない。私は何も考えずに彼を殴り続けた。頭の中に、エレノアの笑顔が浮かぶ。その度に、私は拳を強く握りしめた。拳に付着する血が、殴られたルベンのものなのか、強く握り過ぎたせいで出血した私のものなのかわからない。
私はただ、あの綺麗な顔を、本気でぐしゃぐしゃにしてやりたいと思った。
組織の人間が急いで現れて、私をルベンから引き剥がしたが、それでも私は彼を殴るのを止めようとはしなかった。
「だが願うことなら、理由ぐらいは──」
車から降りる人影。その顔を確認する。
ルベンの顔だ。私はスコープ越しに彼の頭を狙う。
引き金を引く。
人影が倒れた。慌てる
私は万が一仕損じている時に備え、もう一度スコープを覗く。
「残念だね、ミルコ」
背後から、声がした。私の名前を呼ぶ、透き通った声。間違える筈がない。
「ルベンか」
スコープに映る、獲物の顔を確認した。そちらも資料通りのルベンの顔に間違いはない。眉間ど真ん中に銃弾が命中し、どくどくと血を流して倒れている。
だが、実際に私の背後にもルベンは立っている。
ガチャリと音がした。私の後頭部に、銃口が向けられていた。
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