剥奪されし者共(後編)

 腹を鮮血に染めるサラを、俺は抱きかかえる。


「ごめんな」


 すると彼女は、初めて会った日、逸れた子供に掛けたのと同じような調子で呟いた。


「謝るな」


 今彼女に謝られてしまったら、俺はどうしたら良いと言うんだ。


「なあ」

「喋るな。直ぐ医者に」


 慌てる俺の口が塞がれた。サラと自分の唇が重なり、そして離れる。俺が驚いたようにサラを見つめると、サラは小さく笑った。


 建物を出る。警官もマスコミも溢れている。

 排斥主義者テロリスト達が助護センターを狙ったのは、この街の戦争難民受け入れに抗議をする為だった。


 この街の義体置換者サイボーグ自動機械ロボット達だけでなく、難民にまで仕事を奪われるのか、という市民の不平不満の代弁。そのために実力行使に訴え始めたのが排斥主義者テロリスト達だ。


 それで彼らは、難民達に優先して仕事や住居を与える助護センターを標的としたのだ。


 ──そんなもの知るか。


 奴らは俺の居場所を奪った。サラを奪った。

 非番だった俺が助護センターが襲われたというニュース映像を見て、頭の中を支配したのは、奴らをどう殺してやるかということだけだった。


 画面に映るテロの光景を見る俺の脳裏に、戦争の記憶が蘇えった。


 華を咲かせるんだ。奴らの頭に、華を咲かせる。だから俺はそのことだけを考え、サラと出逢ってからは押入の奥底に仕舞い込んでいた拳銃を手にして、排斥主義者テロリストの排除に向かうことを決めてここに来たのだ。


「なあ、あんたさ」


 建物の外に出て人に囲まれても、サラは性懲りもなく言葉を紡ぐ。

 ああ畜生。こんな時ぐらい静かに出来ねえのか。


「あんた腐るなよ」

「何を」

「あんたがウチでやって来れたのはさ、あんたに力があったからだよ」

「だから何を」

「あんた、何だって出来るんだよ」


 聞きたくない。彼女は明らかに何かを終わらせようとしている。


「だから絶対に、また腐るんじゃねえぞ」


 そんなことしたら今度はあんたの頭を蹴り飛ばすからな、と。

 その言葉を最後に、サラは喋らなかった。


 ──もう二度と。


 世間を騒がせたこの事件の後、俺は市民権を剥奪された。排斥主義者テロリスト相手とは言え、大量殺人だ。無理もない。死刑にならなかっただけマシだ。


 それに加えて長い長い服役を言い渡された。

 俺は抗う術もなく、言われた通りに裁きを受け、何年もの歳月を塀の中で過ごすこととなった。


 刑期を終えて、市民権をはく奪された俺は街に素直に戻ることなど到底できず、スラム街に流れ着いた。そしてボロ小屋のような住処だけは何とか確保して、其処に住むことを決めた。


 サラが死んでから暫く俺は、脱殻のようだった。


 自分の半身を亡くした感覚。何度牢の中で死のうと思ったか知れない。

 だが、その度にサラの言葉が脳裏を過った。


 ──腐るなよ。


 ああそうだな。俺が今腐ったら、あんたと出逢ったことまで無意味にしちまう。

 愛する者を失い、権利を奪われ、名を捨ててもなお、俺はその言葉を胸に、どれだけ苦しかろうが、意地汚くも生き延びることだけは決めたのだ。だから、臭い飯を食いながらでも、塀の外に放り出されてスラムに生きることを余儀なくされても、俺は生きる意味を見失ったりはしなかった。


 俺はスラム街のボロ小屋に看板を掲げた。


『ヴァイパー探偵事務所』


 ここから始めよう。

 きっと俺はまたここから生き直せる。


 大丈夫さ。だってそれができると、教えてくれた人がいる。


 今の俺に何が出来るかはわからない。ならば、何でもやろうと決めた。


 ――そんなある日、スラムの片隅に子供を見つけた。

 よくあることだ。


 ガタガタと寒さに震えながら自身の膝を抱えている。行き場をなくした子供の姿は、まるであの日の自分のようだと思った。またはサラを亡くした日の。

 今度は俺が手を差し伸べる番だろう。自然とそう思った。以前の俺なら、そんな気持ちにこっぱずかしさを感じていたかもしれない。


「ほら喰えよ」


 俺は手持ちのパンを、子供に与えた。子供は無言でパンを受け取ると、ガツガツと貪り喰った。

 飯をやってからのことは正直考えちゃいなかったが、夢中でパンに噛り付くその様子を見て、俺はその子に話しかけていた。


「俺はヴァイパー。お前名前は」

「カイン」

「カインか。喰うモンねえのか。来いよ、一食くらい、奢ってやる」

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