剥奪されし者共(中編)
後日。結局、俺は思わず助護センターに足を運んだ。
言われた通りに動いてしまった自分に洒落くさいものを感じ、直ぐ踵を返してセンターを後にしようしたら、またしても建物の中から俺を遠目から見つけたというサラに一方的に肩を掴まれた。
「逃がさねえぞ」
「逃げたわけじゃねえよ」
「嘘つくな。今、思いっきり回れ右したじゃねえか」
チッと思い切り舌打ちする俺のことなどお構いなく、サラは会話を続けた。
「普段何してるんだ?」
「……」
俺は特段返事を持たなかった。当時の俺は定職を持たなかった。
鉄砲玉だか殺し屋紛いのことばかりしていて、そこらのゴロツキの方がまだマシな生き方だった。
先日、サラに言われたことが心に刺さった。
──戦争から帰って来られないクチ。
こいつの言う通りだった。言っていることが真実だからこそ鼻につく。
結局のところ、俺は戦うことしかできないのだと言うことを、戦争の終わった世界でも思い知らされている。
「暇なんだったら手伝え。ウチは年中人手不足だからな」
だが、そんな俺の考えなんかお構いなしに、サラはまた俺の腕を引っ張り、助護センターを連れ回した。
そしてサラは、俺に出来る仕事はないかと職員達に聞いて回った。それで倉庫の整理の人手が足りていないと、いつの間にやらセンターの制服を着せられて、俺は倉庫整理の手伝いをしていた。
何をしているんだ俺は。と自らに呆れたが、暇が紛れたのも確かであり、俺はセンター職員の指示に従い、その日はずっとセンターの手伝いをやらされた。
──次の日も。その次の日も。
俺はサラに連れられ、センター職員の臨時従業員のような形となった。
いつの間にか任される仕事も増え、いつしか俺は、普通にセンター職員の一員として溶け込んだ。
まさかこんな風に、俺が戦場以外で頼りにされる日が来るなんて思ってもみなかった。
「あんたさ、自分には何もできないとか思ってたろ」
ある日、仕事の最中にサラからそんな言葉を投げかけられた。
彼女の問いかけに、俺はその通りだと頷いた。何もできない、は言い過ぎにしても、この世界に俺の居場所はないと思っていたのは事実だ。
「そんなこと嘘だ。あんたはなんだってできるんだよ」
「そんなこと」
「そんなこと、あるんだ。現に、お前はセンターの皆に頼りにされてる。きっかけは無理矢理だったかもしれない。だけど、その後お前が勝ち得た信頼はお前のものだろ? あのな、お前はもっと自分を誇って良いんだよ」
──自分を誇って良い。
サラのその言葉は、俺にとって救いとすら言えるものだった。
生きることを諦めていた俺は、サラやセンターの仲間とのかけがえのない時間を通して、生きる意味を得た。
そんな毎日の中、俺がサラに惹かれるようになるまで時間は掛からなかった。
ガラじゃない、と思いながらも、センター職員の皆と一緒に、サラの誕生日に花束贈ると、サラは照れ臭そうにして花束を抱き抱えたりして、そういう普段見せない顔も魅力的だと、思えるようになった。
ある年のバレンタインデー、俺はいつもの感謝と好意の印として、サラに腕時計を送った。
装飾品のような物を身に付ける柄ではなかったし、サラの性格上、実用性のある物の方が良いだろうと踏んだ。
「良いのかよ」
時計を貰ったサラは、戸惑ったように歯に噛んだ。
「迷惑だったか」
「いや。嬉しいよ」
俺はホッとした。
その次の年も。その次の次の年も。
俺はサラが喜ぶものはなんだろうと考えながら、贈り物を選ぶことが楽しみになった。
時計にしても、アクセサリーにしても、サラは俺が贈った贈り物を次の日から必ず身につけてくれた。そして俺にもらったのだということを耳を赤くしながら他の職員に自慢なんてするもんだから、こっちまで恥ずかしくなった。
そんな何気ない、世間じゃありきたりなやり取りを数年続けて。
俺はサラにプロポーズした。これからの時を、サラと共に歩みたい。
返事はすぐに返ってきた。
──あたしこそ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます