絶品目当ての休息(後編)

 この肉は、肉汁が滴らない。よく見ると肉の角も立っておらず、全体的にしなっている。

 おそらく、この店の本来の売りである、の新鮮な肉ではない。


「ウェイター!」


 俺は配給機械ウェイターロボットを呼び止める。


「さっき受付が他の客に言ってたけど、本当に店長いない?」

『申し訳ありません。その質問にはお応えできかねます』


 こりゃ埒が開かねえな。俺は立ち上がると、店の周りを改めて見渡す。人間の店員に、話をする必要がある。店内をくまなく探し、そして見つけた。店の制服を来た店員が、トイレ前の清掃をしている。


「ちょっとアンタ、店長知らない?」


 俺がそう聞いても、店員は機械ロボットと同じく始めは「お応えできません」と返答したが、俺が店長と知り合いであること、本業が探偵であること、そして。


「ここの鶏肉、絞めてから何日経ってんの?」


 鶏肉を食べて気になっていた疑問をぶつけると、店員は顔をさあっと青ざめて「店の外なら」と俺とカインを休憩場所でもあるのであろう、階段の踊り場まで連れ出すと、話をしてくれた。


「実は店長、もう一か月程行方が知れません」

「店長が? そりゃだいぶヤバくないか?」

「ヤバいですよ。でも、うちは分店ですし、代わりに入って来た店長代理が、それを客に言う必要はないって」

「でもこの店の鶏、店長が絞めてた筈だ」

「元々はそうです。だけど店長がいなくなって、屠殺は普通に業者に頼んでます。それで、店では数日置いた鶏肉から客に提供するようにしてて」


 それであの焼き鳥の味、ね。鶏肉は、鶏を絞めてから半日くらいじゃないと、すぐに肉汁が逃げてしまって新鮮な美味しさを失う。食品偽装と言うわけでもないから、何ら法に触れてもいないが、俺みたいなわかる客にはわかってしまうモノだ。


「店の方針変わってんのも、店長代理の?」

「はい。店の回転率とか諸々を考えたら、今まで客に制限を掛けてなかった方がおかしい。こっちの方が売上も上がる、と義体置換者ササイボーグの客を制限するように決めたのも、代理です」

「なるほどねえ」


 店の方針はこの際、どうでもいい。けれど、カインに食べさせたかった新鮮な本物の鶏肉が食べられなかったのは惜しい。この先、この店に来る楽しみが永劫に失われてしまうというのも真っ平ごめんだ。


「カイン、この人の行方、わかるか?」


 俺はカインに店長の写真を見せた。カインは、じっと写真を見つめてから、天井を見上げる。それからうーん、と困ったように唸った。


「わかんない」

「そっか」


 俺はホッとした。カインには、不思議な力がある。


 ──死人の居場所を探し出す第六感。


 探す人間の情報さえあれば、カインに見つけられない死体はない。逆に言えば、カインに見つからないってことは、少なくとも店長は死んではいないということだ。


「店長、俺が見つけてやるよ」


 つまりそうなれば探偵であるこちらの出番である。

 俺は焼肉屋の店員から、正式に店長探しの依頼を受けると、人探しの得意な知り合いの隠れ家に向かった。


「ロビン。元気?」

「さっきまで最高に元気だったのに、あんたが来たから元気なくなった」


 げっそりとした声で、ロビンが応えた。

 彼女は情報屋のロビン。街で人探しをするとなれば、彼女に頼むのが一番である。依頼の又依頼みたいになっているのは気にしない。


「ねえ、いつもアポ取ってから来てって言ってるよね?」

「金は払うから」

「んなもんは当然っしょ」


 ロビンは俺の話を聞いて、店長の居場所をネットを通じて探ってくれた。すると、ある地点で店長の消息が途絶えていることを、ロビンはものの数秒で突き止めた。


「ついさっき抗争で焼かれたばっかのゴロツキの事務所じゃん。その人生きてる?」

「生きてはいる筈。カインが見つけられないって言うし」


 俺はロビンに礼を言い、カインを任せ、店長の消息が途絶えた場所まで行く。

 確かに、人の気配がない。まだパチパチと火の粉も上がっていて、タイミングを間違えていたら、抗争に巻き込まれて店長の捜索どころではなかったかもしれない。だが、今は人っこ一人見当たらない。


 ──しかし、それは目視での話だ。


 俺には、特殊な感覚器官がある。生き物の発する二酸化炭素を感知する、五感に次ぐ六個目の感覚器官。その器官に神経を集中させ、火の手とは違う、人間の発する呼吸を探る。


「居たな」


 規則正しく発せられる呼気の感覚。これは間違いなく人間の物だ。呼気は地下から漏れていた。俺は建物を探り探り、地下へ向かう道を探すと、隠し扉を見つけた。おそらく、抗争相手はこの隠し扉までは気付かず、店長を見つけられなかったのだろう──。


「ロビン、そっちで何か気になることは?」


 俺はロビンに通信機越しで訊く。


『ちょっと待って』


 一呼吸おいてから、ロビンからの返答が来た。


『特にはない。見た目通り、ゴロツキ共もいなくなった後みたい』

「オーケー。充分」


 例え誰かいたところで問題はない。こちらも応戦するだけだ。

 地下に降り、呼気の感覚を辿る。

 そこには倉庫があり、その中で人が一人、目隠しをして椅子に座らされ、縛られていた。


「店長、俺あんたのこと好きですけど、次からは喧嘩する相手は選びましょうや」


 俺はそう言ってホッと一息つき、店長を解放する。

 すぐに俺は携帯端末を開いて、仕事の報告をすることにした。


 店長を見つけてからすぐ俺はそのことを店員へ報告した。涙を流して感謝してくれた店長と店員からは、今回の金の代わりに報酬として新鮮な焼き鳥をたんまりご馳走してもらうことになった。


「──乾杯!」


 俺は集まったメンバーに向けて声をあげた。

 店長がゴロツキに軟禁されていたのは、店に出勤する途中、ゴロツキの喧嘩を止めようとして、逆上した輩に返り討ちにあったから、らしい。理由まで店長らしく、笑い事ではないが、俺はその話を聞いて、思わず顔をニヤけさせた。


「何でわたしまで」


 店長の厚意で、店は貸切。俺とカイン、ロビンの三人でその報酬の焼き鳥パーティと洒落込んでいた。


「店長探せたの、お前のお陰だろ。金は別に渡すから」

「だから当然っしょ、それは」


 ロビンは文句を言いながらも、焼き鳥串をパクリと口にした。それから驚いたように目を丸くする。


「何これっ。旨っ」

「だろ?」

「美味しいよ、ヴァイパー!」


 いつの時代も、旨い喰い方で、旨い肉を食うのは最高なんだよ。

 俺は舌鼓を打ち、今度こそ久方ぶりの焼き鳥を頬張った。


「旨いッ!」




…… To be continued.

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