アウトホールシティ

Chapter６：My Delicious Chicken Hymn

絶品目当ての休息（前編）

「ヴァイパー！　これ美味しい！　美味しいよ！」

　興行師（ショーマン）からの良い稼ぎもあったので、たまには豪勢にと洒落込み、俺は相棒（カイン）と一緒に焼肉店に来ていた。

　久方ぶりの旨い肉だ。俺も大いに楽しむつもりだったが、店の受付が受付機械（レセプションロボット）に変わっていたことに一抹の淋しさを感じつつ、案内された席に二人で座る。

　タン塩、カルビ、ロースと適当な部位を注文し、まだ子供のカインの為に一枚一枚丁寧に焼いてやる。

　カインはどれも皆喜んで食べていて、こっちも釣られて笑ってしまう。

「ヴァイパー、食べないの？」

「食いたいモンがあってな」

　今や、培養肉ではない本物の肉を使った焼肉と言えば一部の高級料理店でしか中々お目にかかれない。昔と比べると肉牛用の牧場のほとんどが姿を消し、世間に流通する9割以上の牛肉が培養肉だ。

　この店も当然、提供される肉は基本、培養肉ばかりだが。

「お、来た来た」

　配給機械（ウェイターロボット）に運ばれて来た皿を見て、俺のテンションが上がる。

　じっくりと焼かれた焼き鳥串が数本、長方形の皿に並べられている。

「これがカインの分」

　俺は串から肉をほぐして抜き取ると、カイン用に小皿に分けてやる。串ごと行くのが一番旨い喰い方だが、この肉は是非とも分けてやりたい。

「これ、他とは違う？」

「こっちは本物の肉だ」

　今や肉と言えば9割は培養肉。だがそれは牛肉の話。まだ食用鶏を飼育している牧場は、肉牛程には減っていない。

　だから街の焼肉屋でも、本物の鶏肉を食べられることがある。この店もその類いで、産地直送で鶏が店に送られ、俺がいた時と変わらなければ店長直々に鶏を絞めた鶏肉を提供してくれている筈だ。

　培養肉は、普通の肉と変わらぬ食感と味、なんて宣伝されているが、実際に本物の肉を食べてしまうと、違いに気づく。

　培養肉も不味いわけではない。だが、本物の肉に、培養肉にはない何かがあるように感じるのは確かで、こうしてたまに店を訪れると、この店自慢の焼き鳥を頼まずにはいられない──。

「ふざけんな！」

　焼き鳥を口にしようとすると、店のカウンター前から怒号がした。

『申し訳ありません』

　受付機械（レセプションロボット）が、怒号を発した客に対して、文字通りの平謝りをしていた。

『当店では義体置換者（サイボーグ）のお客様の来店はご遠慮いただいております。何卒ご理解の程宜しくお願いします』

　受付機械（レセプションロボット）が対応している客は、筋骨隆々の全身義体（サイバネティックボディ）であることが、見るからに伺えた。あれだけ両腕が肥大しているのは普通の人間であれば有り得ない体型だ。

　受付機械（レセプションロボット）はその内側を読取（スキャン）して確認もしているのだろう。

「今まで大丈夫だったろが！　いつから方針転換した！？　店長呼べ」

『店長は席を外しております』

「ったくふざけやがって」

　客はそれで逆上するような性格でもなかったようで、これ以上食い下がることは諦め、仲間と店を出て行った。

　だが、あの客の言う通りだ。

　店先で激高しちまうことはいただけないが、あの客の主張ももっともなものである。

　この店は、店長の方針もあって義体置換者（サイボーグ）であれ、人造人間（バイオロイド）であれ、区別なく受け入れていた筈だ。当然、タチの悪い客は生身であるかに関わらず追い出されるし、その辺り平等（フェア）な店の雰囲気も、贔屓にしていた理由だったのだが。

「どうしたってのかね」

　それに、全身義体（サイバネティックボディ）ですらないが、俺も厳密には改造人間（サイボーグ）だ。義体とは違い、機械の身体に置換しているわけではなく、遺伝子レベルで感覚器官を弄られているから、機械（ロボット）には読取（スキャン）できなくて追い出せなかったのだろうが、同胞としてああいうのを目撃するのは、あまり気持ちの良いモノじゃない。

　俺は改めて店内を見回した。

　──確かに。この混沌めいた街（アウトホールシティ）にしては不自然な程に生身の人間ばかりだ。

　とは言え義体置換者（サイボーグ）や人造人間（バイオロイド）の来店を制限している店は別に少なくない。

　実際のところ、彼らは街の飲食店にとってみれば厄介者であることには違いない。人体改造によって無尽蔵にアルコールを分解できたりする客が来店すれば、飲み放題プランなんかをうたっている店だったりすれば当然、直接（ダイレクト）に店の売上に響くし、そうでなくても義体置換者（サイボーグ）には本来、食事を必要としない者も多い。つまりは今の時代、飲食店において義体置換者（サイボーグ）の客には冷やかしも多いと言うことだ。店の評判を貶める為に義体置換者（サイボーグ）が注文できる品を全品頼み、悪辣な評価（レビュー）をしたという事件もひとつふたつではない。そうなってくれば、店側が自衛のために義体置換者（サイボーグ）の来店を制限しようとするのも、わからない気持ちではない。

　近頃、義体置換者（サイボーグ）の起こす犯罪も多くなっているし、それで店も対応を変えたということだろうか。

　そんなことを思案しながら、俺は滅入る気持ちを抑えて鶏肉を口にした。

「──げっ」

「どうしたの、ヴァイパー？」

　カインは美味しそうに焼き鳥を食べている。

　確かに不味くはない。実際、培養肉とは違う食感と味を感じられるし、これだけでも充分、店の評判に買ってくれるだろう。しかし──。

「違う。俺の知ってるこの店の肉は、こんなんじゃない」