永久不変の記者魂(後編)

 ボクはそんな風に堕ちていくルヴェルゴを、現役の報道記者ジャーナリストとして、表面だけでもずっと追っていた。

 正直なところ、彼がそうした道を選ぶことに、当時のボクには特に感慨はなかった。


 彼が記者を辞めてしまうこと自体に、惜しいものは感じたけれど、あくまで彼の人生だ。冷徹だと嘲る者もいたが、そうは思わない。ボクは自分と同じ志を持つ彼のことを信頼していたのだ。だから、どんな道を選ぼうと彼の中にある記者ジャーナリスト魂が腐ることはないと、そう思っていた。


 ――けれど、十年前のある日のこと。


 議員の汚職を突き止めようとしていたボクとルヴェルゴのかつての上司が、ルヴェルゴの組織クヴァトに殺された。


 その議員はとある市民団体から献金を貰っていた。

 それは表では義体置換者サイボーグ人造人間バイオロイドの差別撤廃を叫びながら裏では義体手術に失敗した素体を闇ルートに流していた団体だった。


 議員はその実態を知っているにも関わらずに、金を受け取り、代わりに彼らの仕事シノギを見逃すような手配をしていたのだ。


 その違法な金の流れの証拠を突き止めた我らが上司は、それを日の元に晒そうとしたのだが、議員の脅しに使う為にその情報を横取りした組織クヴァトに、あの人は消されてしまった。

 記者が民の為に扱うべき情報タネを、あろうことかこいつは組織の為だけに使った。


「信念ね」


 ボクは壁に叩きつけられて痺れた身体を庇いながら、ルヴェルゴを見て笑った。


「キミこそ、その信念に準じて、かつてのキミが恨んだ存在と同化してしまったことに気付いていないのか? 否、聡明なキミのことだ。分かった上で、仕方がないことだと呑み込んでいるんだろう。何とも醜い。その携帯端末には、ボクが狙った議員だけではなく、この街の多くの汚職の証拠が集められている筈だ。それだけの物を手にしながら、キミは何もしなかった」


「黙れ、糞爺」


 ルヴェルゴが宙空に放り出された携帯端末をキャッチした。

 ボクはそれを見て、ニヤリと笑う。


「何がおかしい」

「糞爺はキミもだろ。同期じゃないか。そんなことも無視するくらい、キミは朦朧したのか」

「負け惜しみを。お前はここで死ぬんだ。あの人のように」

「それはどうかな」


 ボクはルヴェルゴの持つ携帯端末を指差した。

 ルヴェルゴも釣られて、ボクの指差した物を見る。そして慌てたように携帯端末を投げ捨てようとした。


「遅い」


 ボクは背後からある物を取り出した。

 


「このッ糞爺!」


 刹那、ルヴェルゴが持っていた方の携帯端末が爆発した。

 ルヴェルゴの半径数十センチに小さな爆発が起こる。

 それは威力の凝縮された特殊爆弾マイクロボム

 ボクはルヴェルゴの腕に向けて高電圧銃スタンショックを放ったのと同時に、彼のとは別の携帯端末を、部屋の景色と同化した立体映像ホログラムに乗せて投げていた。


 そう、このボクが持っている方が本物。


 彼がキャッチした携帯端末はボクの用意した爆弾付の贋物フェイクと入れ替わっていて、ボクは既に彼の携帯端末をその手に握っていたというわけだ。


「さようなら、ルヴェルゴ。元正義の記者よ」


 ボクは高電圧銃スタンショックを自身に放ち、無理矢理に義体を動かした。

 特殊爆弾マイクロボムの爆発の余波が、部屋全体に波及する。


 ボクは余波に巻き込まれる前に執務室から出て、扉を閉めて屋敷から飛び出す。


 その瞬間、執務室内に収まりきらなかったよう衝撃波が、部屋の外にまで一気に飛び出たらしい。屋敷の窓が次々に割れていき、最後にはどこかに引火したのか、さっきルヴェルゴを襲ったのとは比べ物にならない規模の爆発が、屋敷を覆った。


『お爺ちゃん! お爺ちゃん!』


 屋敷から飛び出たことで、ロビンとの通信が回復していた。


『良かった。無事だったんだね』

「端末を手に入れた。今からそっちに情報データ送るから、その代わり、ボクの今から言う場所まで案内してくれよ」

『? 良いけど』


 ロビンに行きたい場所を伝えると、ボクの視界に道筋ルートが表示された。

 ボクは道筋ルートに従って、目的地ゴールに向かう。


『ここって』

「上司の墓地だよ。彼は八十八歳でなくなった」

『今のお爺ちゃんと』

「同い歳だ。ボクの国では、米寿って言って盛大に祝う年齢なんだ。それが祝うどころか」


 ボクは携帯端末を墓に向けて見せた。


「だから同じ歳になるまでに、彼の仕事を遂げてやるって決めてた」

『成程です』


 ルヴェルゴ、確かにボクはこの歳になっても、キミみたいな信念とは無縁の生き物だ。


 だけどこうして真実を突き止め、白日の元に晒す。この街に禁忌タブーなどないと知らしめす。


「それこそがボクらの本懐だって、あの人も言っていたろ」


 こんな歳だとか関係なく、ボクはまだ報道記者ジャーナリストとして戦える。


 生身だろうが全身義体サイバネティックボディだろうが、この身体の糸が切れる、寿命というものは必ず、いつか訪れる。


 だがボクは、どんな形であろうと生涯現役であることを決めていた。それがきっと、あの人への弔いにすらなる。


 ボクは静かな墓地に座りながら、ボクが手に入れた端末の情報が、白日の元に晒された時の権力者の混乱を想像する。その想像をするのは、とても爽快で。


「こんな面白いことから簡単に、現役を退いてたまるものか」


 これだからやめられないんだ、とボクは小さく身震いした。




……To be continued.

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