滑稽かな世界(後編)
何度も自分に言い聞かせているように、劇場ももうこれで終わりだ。
最後に、昔の客が見たかった物を見せる。そして、オレもやりたかったことを通す。
それは悪くない思いつきのように思えた。
舞台裏に戻ろうとするところで、メアリーと目があった。メアリーにあるのは人認識機能だけで目はないのだが。
『こんにちは、ジョニィ。何か良いことでも?』
この受け応えは、メアリーの搭載している返答の中でもスタンダードなもの。この当たり前の受け答えに対し、オレは何度もそれとない適当な日々の出来事を言って、やり取りを楽しんでいたっけ。
「ああ。最後に一花、咲かせてみようかってね」
『それは良かった』
メアリーはそれだけ言うと、すぐに壁と床の清掃に戻った。
オレは角を曲がるメアリーを見送ると、走って劇場の自室に戻り、押し入れから記録データを漁った。師匠の舞台の記録データ。
本物とは何年もご無沙汰だが、一時期浴びるように見てきた芸。真似しようと何度も練習した話術。オレが憧れた、笑いの技術。
それを今になってまた、自分のものとする為にオレは映像を喰い入るように観続けた。
ただ師匠の真似事ってだけじゃダメだ。それじゃあのお客さんだって満足しないだろう。話し方やネタをコピーするだけなら簡単だ。でもそんなこと、オレでなくたってできる。オレがやるべきはそういうことじゃない。
オレの芸。レビエンソンの魂を受け継いだ、オレのやりたかった芸を、魅せてやるんだ。
そうしているうちに、二週間が経ち、オレは約束通り、舞台に立った。
舞台の上からキョロキョロと客席を見渡す。
――居た。
常連の客に混じって、子供連れの男がいる。男の子はワクワクした目で舞台を見ている。
オレはメイク落としを手にとり、
「皆さま今日はようこそおいでくださいました」
いつもは決して言葉を発さない
オレは深呼吸をして、キリリと表情を変える。さあ、もう走り出しちまったんだ。ここから後戻りすることは許されない。やるだけやっちまえ。
「この度は、えー、本劇場に足を運びいただき
客席から小さな笑い声がした。ビンゴ。今のは、副市長の物真似だった。常連の中には政治ニュースに精通している客が少なくなかったし、無駄に同じ単語を繰り返す副市長の物真似はきっとウケるだろう、と思っていた。
「
今度は少しだけ背を丸め、ポケットに仕込んでいた指輪を五指に嵌める。この街の人間で、この劇場に来ている者なら知っている人も少なくない、ウチの劇場のオーナーの真似だ。
「今時、舞台など流行らんよ。我が事業に、こんな寂れた劇場はいらんのだ」
ワッと客席が湧いた。あのオーナーに苦虫を喰わされている人間は、少なくない。きっとそういう人間の琴線に触れると思った。モノマネ芸というのは、ただ真似ればいいというわけじゃない。多くの人が知っている、言われてみれば特徴的なその人特有のクセを誇張する。それで笑いをどう取るかはこちらの腕の見せ所だ。だが、勘違いしちゃあならない。これは芸の本質じゃない。武器の一つに過ぎない。
オレは次々と、色々な人間の真似をしたり、社会情勢ネタを皮肉った
客席からの笑い声を聞きながら、有頂天で芸を続けていると、ギィと劇場の扉が開いた。
黒服の男が、四人入って来る。
手には銃を持っているのが見えて、ギョっとした。
殺される、と思った。確かにオレは好き勝手し過ぎた。オレも師匠と同じように殺されるのか。でも劇場と運命を共にするとか、芸人として格好良くね? アドレナリンの湧くオレは、両手を広げて黒服を挑発した。
「来るなら来い!」
これもまた、この国で密かに人気のある、敵国の英雄の真似だった。オレは目を瞑る。
銃声が、響いた。
ああ、オレの芸人生命もここで終わりか……。
「
「……アレ?」
オレは自分の身体を弄った。銃弾一つ当たってすらいない。でも今確かに銃声が?
オレは目を開き、客席を見る。
子供連れだったあの男が立ち上がり、銃を手にしていた。その銃口は、劇場に闖入した黒服に向いていて、既に二人、黒服が倒れていた。
「良いモン見せてもらったよ!」
男が叫ぶ。そしてこちらに何かを放り投げた。金貨だ。今じゃ廃れた文化だが、舞台を沸かせた
「走れ!
オレは背筋をピンと伸ばすと、男に言われた通り、走り出した。舞台裏に捌け、そこから街中に繋がる扉に逃げ出す。
彼が何者か知らないが、助けてくれた。
オレの芸に、喜んで!
「ひゃっほう!」
オレは走った。こうなってしまえば、オレにはもう居るべき場所なんて何処にもない。
だが、何故だろう。
こんなにも心が暖かい物がいっぱいになっているのは、何年振りかわからなかった。
……To be continued.
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