Chapter4:Comedian's Noisy Awakening

滑稽かな世界(前編)

「本気ですか、支配人マネージャー

「仕方ねえだろ。オーナーの決定だ。今時、劇場なんて流行らねえ。わかってんだろ」

「でも!」


 わかっている。オレが今ここで支配人マネージャーに文句を言ったところで、劇場の閉鎖がなくなるわけではない。もう決まっていることなんだろう。支配人マネージャーだって、上から知らされただけだ。どうにかできる権限なんてありゃしない。

 でもだからってこのどうしようもない気持ちを抑えきれるわけじゃない。


「ここがなくなったらオレ達どうしろって言うんだよ。なあ?」


 涙を呑んで、もう客足一つない劇場の隅を掃除している清掃代行機械ハウスキーパーロボットのメアリーに声をかけた。


『私は他施設への派遣が既に決まっていますので』

「つれねぇなぁ、おい!」


 メアリーは人間大程の円柱の掃除機に、何本かの手足マニュピレータが収納されている旧型の機械ロボットだが、それでも人間の指示に対して即座に返答ができるように人工知能が搭載されている。


 機械ロボットの方が仕事が決まるのが早いとは、やるせない。オレはと言えば、このままでは仕事が決まるどころか、路頭に迷うだけだ。


『今までお世話になりました。ジョニィ』

「うう! メアリィィ! こっちこそ今までありがとうなぁぁ!」


 この劇場で、メアリーはオレの数少ない話し相手だった。そんな相手にそう言われると、引っ込めていた筈の涙がぶり返して来そうだった。


「馬鹿なことやってないで、さっさと荷造りしちまえよ。閉鎖は一か月後だが、It's an ill bird巣を立つ鳥は that foulsその跡をits own nest濁さずだ。ちゃんと私物はないようにしろよな」


『イエス、マスター』

「仰せのままに、支配人マネージャー


 オレとメアリーはほぼ同時に支配人マネージャーに返事をする。それがまたおかしくて噴き出すと「いい加減にしとけ」と支配人マネージャーに頭を小突かれた。


 この街の劇場アウトホールシアターで、オレが芸人コメディアンとして働いて、もう五年になる。

 元々は即興話術で笑いを取る芸人スタンダップコメディアンを目指していたが、戦争の影響で社会風刺等は大きくバッシングを受けるようになり、そうした芸人コメディアンの立つ瀬はなくなってきた。

 そしてドタバタな動きで笑いを取る道化師役スラップスティックコメディの一本で、舞台の前座としての仕事を、ずっとやっていた。


 やりたいことをやり切ったとは言わない。報酬だって雀の涙。借金なり他のバイトを掛け持ちするなりで何とか生き延びて来た。

 そんなでも、それなりに充実した五年間だったと思う。


 少ない報酬でも日々喰っていけたのは一重に支配人マネージャーがオレに仕事を回してくれたからだし、支配人マネージャーには感謝こそすれ文句を言う筋合いなんざないのだが、一方的に追い出されるというのは気分の良い物ではない。


 ──閉鎖まで一か月ある。


 最後まで、芸人コメディアンとして、悔いを残したくない。


 オレはいつものように舞台に立つ。


 以前は満員も少なくなかった劇場は、今じゃすっかり閑古鳥スランプ

 舞台側こっちから見ても数えるくらいしか客はいない。

 生の舞台は数年前まではまだ人気があったが、一人二人と役者がいなくなり、それに伴い客も、だ。

 どこの劇場も似たようなものとは聞く。寂しさの募る話だ。


 それでも大事な客には違いない。オレは必死で笑いを取りに行く。ジャグリングをワザと失敗したり、仕掛け椅子に座って椅子を壊したり。言葉なしサイレントでの芸も、それなりにお手のものになってきた。

 人には笑いが必要だと思う。どんな境遇であれ、どんな人生であれ、笑いがあるから生きていける。そう思うから、オレは自分のできる全てを使って、目の前にいるお客さんを楽しませる。


 オレの芸で、客の中から小さく笑いが起こる。今日もそれは同じだったが、一際高く、心底楽しそうな笑い声が混じっているのに気がついた。


 思わず、チラリと横目で笑い声のする方に目を向けた。

 小さな男の子が手を叩いて喜んでいる。子供連れの客とは、珍しい。

 隣の父親らしき男も顔に笑みは浮かべているが、子供の笑い声というのは格別に耳に残る。


 二人はこの後の舞台には興味がなかったのか、オレが舞台から捌けると直ぐに席を立った。俺は道化師衣装のまま、急いで二人を追った。


 二人が今にも劇場を出ようと言うところで、オレは道化師衣装のまま、父親らしき男の肩を叩いた。

 男はこちらを振り向くと、少しだけ驚いたような表情をした。


「ピエロさんだ!」


 男の子が嬉しそうにオレを指差す。オレは静かに頷くと、男の子に衣装に仕込みの花束を渡した。


「ありがとう!」


 男の子は両手を広げて花束を受け取ると、ぎゅっと抱き締めた。

 小柄な男の子だ。可愛らしい顔つきで細身だが、肉付き自体は悪くない。きっと、貧しい中でも美味しいものを食べさせてもらっているんだろう。


「良かったな、カイン」


 一見さんの客だが、何を期待して劇場に来たのだろう。まさか、オレの芸を見に来たわけでもあるまいに。


「今日はどうして?」


 オレは気になって仕方なく、男の肩をもう一度叩くと、小声で話しかけた。


「何でそんな小さな……ああ、役作りか」


 ありがたいことに、男はオレの意志を読み取ってくれたようで、男の子カイン君から少し距離を取って、オレに応えた。


「昔、贔屓の芸人がいたんで。ジェレミー・レビエンソン、ここの芸人ピエロなら、知らない?」

「そんな……当然、知ってます」


 レビエンソンは、オレの師匠だ。毒のある即興話術と、時事をズバリと切り伏せる風刺が魅力の芸人コメディアンだった。いつも劇場の笑いを搔っ攫い、今はいなくなってしまった客の中にだって、師匠目当てのお客もたくさんいた。


「でも今は、もういません」


 師匠は、殺されたのだ。師匠の芸が、この街の市議会議員の耳に入り、気を悪くした政治家がゴロツキを雇い、師匠は襲撃された、と噂されている。本当かどうかをオレが知る術はないが、とにかく才能ある芸人コメディアンが理不尽にも暴力によって命を奪われたことは事実だ。


「残念。ここ、閉まるんだろ? 最後に一眼拝んでみたかったのよ。でも、あんたの芸も中々良かったよ。カインも喜んでくれたし。んじゃ」


 男はオレに手をヒラヒラと振ると、男の子カイン君の手を取って、劇場から出て行こうとする。


 そうか、師匠がいた頃の客か。ならオレが覚えていなくても仕方ない。あの頃の盛況ぶりは今となんか比較にすらならない客入りだった。


「……あの!」


 オレはもう一度、小声で男の肩を叩いて呼び止めた。

 流石に男の顔にも少し、面倒臭さが滲んでいた。舞台の外で喧しいのがお前の悪いところだ、と支配人マネージャーからも言われていることだ。


「劇場にはまた?」

「目当ての人もいないし、今日で最後だよ。カインがどうしても、って言うならアレだけど」


「2週間後、オレまた舞台に出ます」


 劇場は閉鎖する。オレがここで芸を披露する機会なんて、もう数えるほどだってない。

 オレは唾を飲み込み、拳を握りしめて言った。


「やりますよ。レビエンソンの芸」

「……へえ」


 男の顔が変わった。興味深そうな、嬉しそうな笑顔だ。


「ま、時間が空いてたらね」


 男はそれだけ言って今度こそ劇場を後にした。

 オレは、緊張で肺に溜まっていた息を一気に吐き出した。

 勢いに任せて言ってしまった。何てことを。

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