附加されし者共(後編)

 それに死んだ剣闘士ファイターの死体を見つけた瞬間に、見るからに怪しい奴に声をかけられるとは、仕事の首尾は上々だと言える。

 今声をかけてきたの連中は剣闘士ファイター殺しと関係していると見てまず間違いないだろう。


「いいか。よく聞け。お前ら、今見たことは」

「ちょいと待ち」


 俺は口上を述べようとする輩らの言葉を遮った。


「それ以上進まない方が良い。警告だ」

「何寝惚けたこと」

「いや、ホント。命乞いとかじゃないからね。命が惜しくなかったら、そこから進むのは止めた方が──」


 俺に声を掛けた輩は、警告を無視して一歩を踏み出した。

 あちゃあ、と俺は後頭部を掻く。


 輩の身体が、一瞬にして蒸発していた。


「だから止めた方が良いって言ったのに」

 元々、この不法投棄場に足を踏み入れた時に、俺達を見張っている輩がいるのは分かっていた。

 だから、向こう側が襲って来た時に備え、彼らがこちらに近付いて来るルートに、スラム街で拾って修理した電波地雷キリングマインを仕掛けたのだが、輩はまんまとそれを踏み抜いた。


 輩が蒸発した瞬間、遠くの方で足音が聞こえた。

 仲間が蒸発したのを見て、俺達から逃げようとした別の輩だ。

 こちとら少数精鋭の身の上だ。仕事をする上での準備にはぬかりない。


「カイン。目ぇ瞑れ」


 カインは頷くと、ギュッとキツく両目を瞑った。その可愛らしい仕草を見て思わず俺は失笑するが、直ぐに足音のする方に向き直る。


 こちらからは暗くて目視できないが、俺は予め、直ぐに引き金を引けるように手元に置いていた拳銃ハンドガンで、その輩目掛けて引き金を引いた。


 プシュウッと消音器サプレッサーで抑えられた銃声が鳴る。

 それとほぼ同時に、ドサリと人間が倒れる音がする。


「他に隠れてる人達ー。やるなら今じゃなーい?」


 俺は声を掛けたが返事がない。仕方ない。俺は目を閉じて、辺りに隠れている残りの輩の気配を探った。


 カインの持つ第六感とは違うが、街にいる多くの改造人間サイボーグらしく、俺にも普通の人間にはない、五感外の感覚がある。


 俺は輩の気配を探り、拳銃ハンドガンを使って、辺りの敵を掃討した。

 小さな銃声と、ぎゃっと言う短い悲鳴とが重なり合う二重奏デュエットが続く。


 最後の一人は、ビルの向こう側に身を隠して居たが、跳弾を計算し、俺はそいつのドタマにも弾をブチ込んだ。


 俺が持つのは、カインのオカルトめいた能力には及ぶべくもないが、戦争時に移植した、特別な感覚器官だ。


 俺は人間の吐く、二酸化炭素を感知することができる。

 小虫なんかのハラー氏器官と似たような物だ。


 昔はこの器官を駆使して、戦場じゃあ、名うての狙撃手スナイパーとして活躍したものだが、こんなスラム街で落ちぶれた今となっては、こうして殺しの腕を披露する機会もそうそうない。普段は宝の持ち腐れみたいな能力だが、こういう時にゃ役に立つ。


「さてと」


 俺は倒れた輩のうち、一番近い男の死体を漁る。住民票でも免許証でも、なんなら個人を特定するものでなくてもいい。こいつの身元の分かる何かがありゃあ、依頼人に報告できる種が増える。


 死体を調べたところ、ここいらのゴロツキの下っ端だった。デカい組織の構成員とかじゃない。俺らを襲ってきたのは、そういう奴らの下請けに使われているだけのケチなチンピラ風情ばかりだ。何人か顔も見たことがある。それ以外にも調べられるだけの物を押収する。


「ヴァイパー、もう目開けていい?」

「ああ、いいぞ」


 我慢し切れなかったのか、質問してきたカインに応えると、カインは素直に目を開けて、駆け寄って来た。

 俺はカインの頭を軽く叩いて、携帯端末を依頼人の番号に繋いだ。


剣闘士ファイター殺したの、この街のゴロツキですよ。件の剣闘士ファイター名義の借用書もあったんで、借金のカタに殺されて臓器でも売られたんじゃないっすかね。遺体、どうします?」

「そのまま」

「回収は、いらないと」

「こっちでも別に調査が済んだ。どうやら賞金ファイトマネーを元手に無茶な投機をして大損したようだ。ウチへの敵対行動でなく、奴が馬鹿をしただけと言うなら、もうそれ以上のことは知らん。ただ、そうだな。君はそのゴロツキ連中の仲間を二度と見ることはない。約束通り、成功報酬の金は今度持って行こう」

「どうも」

「それはさておき」


 電話越しだが、向こうで興行師ショーマンがニヤリと笑ったのが分かった気がした。


「見ていたぞ。君も中々の腕じゃないか。どうかね、ウチの剣闘士ファイターとして」

「……ん」


 興行師ショーマンの言葉に、俺は辺りを見回した。俺の器官では分からない、ということは、本人が見てたり、人間を寄越したわけじゃない。秘密裏に俺をドローンか何かで追っていたか。


「あんた、今回の依頼それもあったか? 俺の腕を見る、みたいな」

「さてな。どうだね?」


 妙な依頼だと、思わないことはなかった。

 興行師ショーマンの方で調査が済むことなら、俺みたいな外注の依頼なんて、ハナからいらないんだ。


 狙いはカインの能力の真偽を見ることと、俺の見極め。

 どこぞで、俺が戦時中か、またはこの街で暴れた古い話でも聞いたか。

 まさかとは思うが、今俺らを襲ったゴロツキを雇ったのも興行師ショーマン自身だったりしないだろうな。


 俺は思わず溜息をついて、興行師ショーマンに返事した。


「いやー、止めときます。あんたのとこに行ったらこれ以上不幸になりそうだな、って俺の第六感カンが言ってるんで」

「そうか。残念だ」


 ヘラヘラと応える俺に残念そうに言葉を発して、興行師ショーマンは電話を切った。


「良い稼ぎにゃなったな。カイン、何か喰いたいモンあるか? 今日は豪勢に行こうぜ」

「焼き肉」


 焼き肉かあ。カインは気にしないんだろうが、果たしてあのぐちゃぐちゃな肉片を見た後で俺が焼肉を美味しく食べれるかという疑問はあるが、まあ良い。


「分かったよ。ちょっくら街に出るかね」


 俺はカインを抱き上げて、彼の注文通り、焼き肉店を探しに、不法投棄場を後にした。




……To be continued.

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